時事ヘタ
神々の系譜C・[客人]
2019/11/01 00:02
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(2015年3月12日 20:50 投稿作品)





[皆様へ]


◆魏志倭人伝・古事記・日本書記を元にしたお話しです。
◆歴史で習ったこととは違った展開になりますが、それなりの根拠・研究成果の元に書いています。
◆真偽は別として、歴史物語としてお楽しみいただければと思います。

◆古代史の秘話を書き加えることにしました。
こちらも併せてお楽しみください。







[漢字表記について]


◆神々や天皇の呼称、その他、漢字表記は『古事記』に準じています。
◆我が国の正史は『日本書記』ですが、日本書記の漢字表記にはほとんど意味がない為です。

◆興味のある方は、天皇の和風諡号(わふうしごう)に充てられている漢字を漢和事典で調べてみてください。
『倭の五王』を見つける手懸かりが見つかるかもしれませんよ。


ちはや拝








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【夫婦の日本史「ヤマトの誇り」に殉じた夫婦】




調吉士伊企儺(?〜562年)
大葉子(?〜562年?)

4世紀の後半以降、日本(倭国)は朝鮮半島の国々に深く関わっていった。
農耕具や武器の製造に欠かせない「鉄」を得るための行動だった。

当時の半島では北部にあった高句麗が最強で、東部の新羅、西南部の百済に分立していた。
日本が海を渡り、軍事活動を行ったことは、中国・吉林省に今も残る広開土王(こうかいどおう・好太王)碑に記されている。


《百残(ひゃくざん・百済)と新羅は、もともとわが高句麗の属民で、朝貢してきていた。
ところが辛卯(しんぼう)の年(391年)以降、倭国が兵を送っては百残を破り、新羅を臣民とした》


日本と高句麗・新羅とは、戦争状態に入ったのだった。
一方で百済と同盟を結び、仏教を始めとした優れた文化を輸入して対抗したのである。

6世紀に入り、欽明(きんめい)天皇(大王)の世になっても緊張は続いていた。
日本は現在の慶尚南道(けいしょうなんどう)の加耶・加羅(かや・から)と呼ばれる地域を拠点にし、百済との提携を深めた。
新羅もこれに対して、加耶への侵攻を強めていった。

欽明天皇23(562)年7月、加耶の地で新羅との攻防戦が始まった。
戦いの中で日本側の将、調吉士伊企儺(つきのきしいきな)は新羅軍に捕らわれてしまった。

『日本書紀』によれば、伊企儺は勇猛でしられていたとある。
新羅軍は辱めのため、彼の褌(はかま・ズボン状の軍服)を脱がせて尻を日本軍の陣地に向け、「日本の将、わが尻を食らえ」と言わせようとした。
しかし、伊企儺は屈しなかった。
そればかりか、敵陣を向いて同じ所作をし、「新羅の王、わが尻を食らえ」と言い放ったのである。
この言動に怒った新羅の将によって、伊企儺はとどめを刺された。
さらに、息子も殺害され、妻の大葉子(おおばこ)も捕らえられた。


『紀』には、このとき彼女が悲しみで歌った次のような歌が収録されている。


《韓国(からくに)の 城(き)の上(え)に立ちて大葉子は 領巾振(ひれふ)らすも日本(やまと)へ向きて》


領巾を振るのは、女性が惜別の情を示す行為である。
武人・伊企儺の妻としての、誇りをかけた歌であった。


このような記述が、史実かどうかは分からない。
伊企儺という人物は、このくだりでしか登場しないからだ。しかし古代日朝の厳しい緊張の中で、伊企儺のような夫や大葉子のような妻も存在したのではないか。
この年、『紀』が記す「任那(みまな)日本府」は滅亡した。
半島での足場を失った大和政権が受けた衝撃は、小さくなかった。
欽明天皇はその32(571)年、崩御するが、亡くなる前、嫡男(敏達・びたつ)を枕元に呼び、「新羅を討って任那を封じ建てよ」と遺言している。





〈もっと知りたい〉

調吉士氏は百済系の渡来氏族とされ、河内国(大阪府東部)などに住んで活躍した。
古代の日本と朝鮮の交渉については、田中俊明著『大加耶連盟の攻防と「任那」』(吉川弘文館)や鈴木靖民編著『日本の時代史2 倭国と東アジア』(同)などに詳しい。










(産経新聞・2015年3月11日号より転載)






*****




[神々の系譜C・客人(まろうど)]



「よう、小母さん、先に飯食ってるぜ」

夕餉の間に立ち入ると、屈託のない声が上がった。
声の主は、肉体から魂を切り離され、黄泉の国へと召されたプロイセンの化身ことギルベルトであった。

「呆れた男の子じゃのう。
黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)のことは聞いておろうに、よく食せるものじゃのう」

「食っちまった後に言われても後の祭りだろう。
一口だろうと結果が同じなら、食わなきゃ損じゃねえか」

「帰れぬかもしれぬと心配はせぬのか」

「俺様は死んだわけじゃねぇし、肉体は現世(ウツシヨ)にある。
それに、昔、菊が俺様に師事していた頃、オルフェウス神話によく似た神話があると話してくれたことがある。
オルフェウス神話と同じなら、いずれ誰かが迎えに来るんだろう?
菊なら失敗はしねえよ。
俺様の可愛い弟のルッツだと、ちょっと心配だけどな」

旺盛な食欲を見せ、よくしゃべるギルベルトを、目を細めて見やりながら、伊邪那美(イザナミ)様は自らの褥(シトネ)に座した。
すかさず、影の様に黄泉醜女(ヨモツシコメ)が顕れて、イザナミ様の御前に蘇(ソ)と清酒(キヨサケ)を捧げた。

「なあ、小母さん、飯はそれだけか」

「小母さんは止さぬか。
ヤマトは妾(ワラワ)を母神様と呼ぶぞよ」

「俺様を見初めた目の高さは褒めてやってもいいが、無断で俺様の魂を拉致ってきた奴なんざ、小母さんで十分だぜ」

ケセセセセセセーっ
とギルベルトの高笑いが賑やかに響いた。

「不思議じゃのう、そなたの傍若無人振り、何故か憎めぬ。
ほんに麗しき姿故かのう」

「俺様が美しいのは当然として、菊は俺様が大好きだからな。
親子して好みが似てんじゃね?」

「ほんになぁ。
今宵は気分が好い故、酒(ササ)が進みそうじゃ。
そなたも、興ずるがよい」

その言葉に呼応するように、蘇と酒を携えて別の黄泉醜女が顕れ、ギルベルトに杯を差し出した。

「蘇だったか、これ?
チーズとヨーグルトの間みたいな味というか感触だよな」

「口に合わぬか」

「いや、これはこれで面白れぇ。
味付けにもうちょっと工夫が欲しいけどな、っていうか、昔は自分で好みの味付けして食ってたんだな。
酢・酒・もろみ・塩を別皿で出された時は、何だこれ、イギリスみてえ、って思っちまったぜ」

「ほお、エゲレスとな。
妾と同じ食し方とは、なかなか粋じゃのう」

「いやいやいやいや、粋じゃねえから、全然、粋じゃねえから」

ご機嫌なイザナミ様の笑い声に、黄泉比良坂の守番も、黄泉醜女も、そして、魑魅魍魎たちでさえ、笑いさざめいていた。








*****








清酒(キヨサケ)は美味かった。
辛口で、喉を灼いた後のフルーティーな香がたまらない。
ワインのような甘ったるさがなく、いくらでも飲めそうな軽さだった。

「ところで女神様、ちょっと聞いていいか?」

適度な酔いが回ったところで、気になっていたことに触れてみることにした。

「おや、小母さんは止めたのかえ」

「人にものを尋ねる時は、丁寧に頼むのが筋だろ」

「礼儀はわきまえているということか。
まあ、よいわ、聞いてしんぜようほどに」

「菊に正史を正せと命じたみてえだが、あの三度(ミタビ)の謎って意味があんのか?
自分の歴史を、菊が知らねえはずはねえだろう」

イザナミ様は、酔いに仄かに染まった目元を微笑ませた。

「のう、そなたの国に神話はあるのか?」

「うーん、遠い昔は、ギリシャ・ローマ神話、ケルトや北欧のヴァルハラ神話なんてえのがあって、それぞれ国家の政祭や民の暮らしと結び付いていたけどな。
一神教のキリスト教教が広まってからは、ことごとく駆逐されちまったからな…」

ギルベルトは、その駆逐に率先して携わっていた自己の歴史を苦く思い出していた。

「現在(イマ)ある世界の国で、神話と直結してる国なんて、日本以外にねえんじゃねえかな」

「神話を知らぬわけではないようじゃのう。
ならばわかろうものを。
神話を持たぬ国や、神話を知らぬ者は、神話を作り事と思うて侮っておろうのう。
じゃが、神話とは、ある事実の集大成じゃ。
語れぬ真実(マコト)も、神話なら語れよう。
そこには裏も表もある。
じゃがな、言うておくが、古事記にも日本書紀にも『嘘』はないのじゃ。
作り事と称される記述には、必ず意図があり、その欺(アザム)きは方便(便宜的な手段)に過ぎぬ。
ヤマト…、いや、今は菊と申すか。
古(イニシエ)より、日本書紀が正史とされてきた以上、菊が正史を正すことは赦されなかったのじゃ。
『菊の国民(クニタミ)』が、我等を忘れて久しい現在(イマ)、正史を正すことは、国民の目覚めともなろう。
三度(ミタビ)の謎掛けは、菊の忘却を呼び起こす縁(ヨスガ)ともなろうぞ」

「案外、甘えmanmaじゃねえか。
謎は謎じゃなく、手懸かりだった、ってえわけか」

満足気に杯を干すイザナミ様を眺めやって、ギルベルトは一つ提案をした。

「なあ、女神様、俺様を、現世(ウツシヨ)に還してくれねえか。
俺様も、見てみてえ。
女神様が創造(ツク)ったこの国の正史が、どう正されるのか。
菊と一緒に、歴史を辿(タド)ってみてえ。
ダメか、女神様?」

酔いを孕んだ黒曜石の瞳が、杯越しにギルベルトを見返した。
菊によく似たその眼差しは、凍てついたように感情を閉ざしていた。
不意に、杯が翻り、清酒がギルベルトに降り注いだ。
ギルベルトは避けずにその洗礼を受け止めた。

「そなたは客人(マロウド)。
希(ノゾ)みあらば取るがよい」

黄泉醜女が顕れて、白素の土器(カワラケ)の杯を差し出した。
ギルベルトはちょっと首を傾げた後、杯を両手で受け取った。








イザナミ様手ずから注いだ酒は、濁り酒であった。
ギルベルトは躊躇うことなくそれを呑み干した。













*****




「えっ!?」

「ヴェー?」

ドサドサ、ドサッ

「あ、痛ったぁー、爺の腰を舐めないでください!」

「おい、それ、何の威嚇だ?」

「ちょっと、どういうこと!?」

「ヴェッ、お帰り、菊ぅー、ルートぉー!」

「フェリちゃん、アーサーにも言ってあげてよ。
って、ちょっと、ギル、どうしたの!?」

突然どこからともなく降ってきたハグレメンバーたち。
転がる面々の中、ルートヴィッヒが慌て起き上がると、意識の戻らないギルベルトをその腕に抱き上げた。

「斯く斯く然々(シカジカ)で」

菊が痛む腰をさすりつつ説明しているのを見ていたルートヴィッヒは、目の端を掠める何かに視線を遣ると…

「綺麗な金髪、ゲルマンの証だな、ケホン、ケセッ」

ギルベルトの白い手が、ルートヴィッヒの髪を撫でた。

「兄さん、気がついたのか!?」

「師匠!?」

菊が転(マロ)ぶようにギルベルトの傍らに膝を着いた。

「よく、ご無事で…」

「菊?」

ギルベルトは、菊を見て笑った。










「お前のmanmaは、優しいのな」



















〈続〉

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