車窓

きみの声が響いて
夢の先の音を
思い出させようとする。
いつも。

消さないで、
終わらないでって声が響く。

同じことをぼくだって願ってるんだよ。
なのにどうしてこんなに
違う景色が映るんだろうね。
きみの望むものは
この窓にはもう。


何にもね、
何にも、要らない。って言って
ぎゅっと目を閉じた。

そのまま、ありのままじゃ、傷つくだけだって知ってる。


終わりだよ。
この夢はもう。
きみは、きみ自身のことが、
やっぱりいつも少し嫌いだ。
しあわせな時間のあとにも変わらない隙間があること、
気づいてるよね。


(知ってる?
 心って言葉で変わるんだよ。)


大丈夫。
ありがとう。
優しいね。
もう、行かなくちゃ。

立春

明るい歌が少しずつ遠くなって、やがて静寂が訪れた。
冬のきんと冷えた空気を切って、空高く飛ぶ。

正しいかどうかは、分からない。
きみの味方でいたいから、きみの行為ごと肯定した。
それで良かったと、思ってはいるけれど。

やがて重力もなくなれば、際限なくどこまでも行けるのだと言う。
どこへでも行けるのなら、どこまで行こうか。
どこで終わりにしたい?


生きていてほしい、という言葉は、大抵の場合、暴力になるよ。

少しずつ、もらったものは返さなきゃね。
体についた金の箔を一枚ずつ剥がして、貧しい誰かに配って回る。

きみは世界の優しさを信じて、そのために全てを捧げたのだから、
世界の方も少しは価値があってほしいよな。

誰にも知られない方がいいと言うならせめて、
どの星になるのかは、自分で選んでごらんよ。

例えば、
一年中位置がずれなくて、広い海の上でも迷わない目印になる星がいいとか、
太陽が傾いて空のオレンジが紫に移るとき、一番最初に見える星がいいとか。

願いごとが具体的であればあるほど、
創られる世界は豊かになるよ。


ただの無知を、純粋だと思って。
従順であることを、美徳だと思って。
物語みたいって笑って、
自分の弱さに甘えたんだね。

許すことが、受け入れることではなく、諦めの先にあると気付いたとき、
ずっと歩き続けていた足を止めた。

目を閉じて、三秒。
もう一度開けてみると、暗闇に目が慣れて、先ほどは見えなかった星が見える。

例えばそう、
幸せとは、いつも静かな孤独の中にあったね。

星と星を繋いで、微かな灯りをつたえば、次々と思い出す。
すぐに忘れてしまうような日々の中に、本物の幸せがあったね。
輪郭が光に溶け込んで、そのまま、分からなくなって。


優しいきみのことは、最後まで、優しい記憶でいてほしいから
これ以上何も語ることはないのさ。

曇りない空の、夕方に沁み渡るオレンジ。
まだ固いままの桜の蕾が、しんと冬に耐えている。



蕾/無知/オレンジ

ワルツ

目を開けて、また閉じて
ここはどこだろう?と思う。

春のような生温い温度で満たされていて、
まだ眠っているのか、現実なのか、判断がつかない。

このまま終わるという手もあるよ。
ぼくが笑えば、きみも笑う。
ぼくが真面目な顔をすれば、きみだってそうするだろう。
草木が芽吹き、若草色の大地がどこまでも続いている。
また、穏やかな風が吹いて。
どんな選択も、ぼく次第ということだ。

きみは不器用な手先で、
凍えるといけないから、と言って、
ぼくの首にマフラーを巻いた。


一生懸命に言葉を尽くしても、どうなるわけでもない、ということもある。

たくさんの可能性を探して、束ねて、
メモでいっぱいになったノート。

大切なことはいつも、あまりにシンプルすぎて、
そのまま、それだけを信じて生きるのは、人間には難しそうだな。
きみのせいじゃないよ。
楽しかった時間は本物。
でも、悲しかった時間も同じくらい、同じくらい本物なんだ。

どこからか蝶が一羽、ひらひら舞い降りて、鞄の上に止まった。


迷ったときは、いつもの丘の上で待ち合わせ。
ぼくたちのありふれた日常。

優しい言葉で満たして、それ以外何も分からなくしてくれる?

言葉にしなかった思いは、吐息に溶け、空気に混ざり、きみが気付いたようにこちらを見つめる。

そろそろ、選択をしないといけないね。


あ、飛んだ。


きみの視線が空に移り、
ぼくも同じように空を見上げる。

白い雲が白鳥のようだね。
トゥシューズを履いて、くるりと回る、ワルツのステップ。

もしこれが夢だとしても、
きっと現実と変わらない。


悲しくて泣いたこと、忘れることはないよ。
何度も、薄れかけては思い出して、強固にして。
あんまり強くなったから、いつか世界を壊すかもしれない。
そうなったらごめんね、って。

夢かもしれない今と、
現実かもしれない今。

きみの声は聞こえた。
ずっと聞こえてた、それでも。


メモ/ワルツ/待ち合わせ

大丈夫、大丈夫って言ってね、
本当になるように。
祈った。

変わるものと変わらないものの境界線は、人によって違う。
たとえあなたが「変われるよ」って言ってくれても、なんだか余計に寂しいだけだ。

こんな夜は、お気に入りの歌を思い出そう。
幸せはね、どうしても必要なものじゃない。
幸せなのは当然のことではないから、だから大丈夫。
天使の笛を吹いて。

一度きりの魔法は、何のために使う?


正しいことは、苦しい。
空は飛べないし、走れもしない。
綺麗な音も出ない。
神様、聞いてたのと違います。

大丈夫。
幸せっていうのは、もともと世界にあんまりないものだから。
与えられなかったからと言ってね、それが特別なことではないよ。
安心して眠ろう。

唇を震わせて、
銀色の笛に、息を吹き込む。


綺麗な言葉も美しい絵も、世界に溢れているのだから、
ぼくじゃなくてもいいよな。

他の誰かにこの道を譲って、
何もない世界に行く。
涼しい、心地よい風の吹く丘の上で、
きみの好きな花を手折って。
ここから連れ出しておくれよ。
……なんてね。


踏切の音が止んで、ゆっくりと目を開ける。
知らない町の、寂れた景色。
先程から道に迷っているはずなのに、
なぜか怖くはなかった。

正面の通りをまっすぐ歩いていけば、
突き当たりで海に出ますよ、と
立ち寄った小さなコンビニで、アルバイトの少年が教えてくれる。
谷の下にも、さらにその向こうにも、まだ家があり、人が住んでいる。

やがて陽が傾けば、太陽は水面に差し掛かり、反射して、海を橙色に染める。
一日の終わりと始まりに、堪えきれず溢れ出すような橙色。

きみはその景色を綺麗だと思うだろう。
いつか、天国への切符になる景色だよ。
今は、ただまっすぐ道なりに進むんだ。
それで大丈夫。


大丈夫、大丈夫って、
本当になるように、どうか。

それぞれに、それぞれが一人きり。
見えない聖域で護られたぼくら。
限られた時間の、限られた安寧の中、
切ないメロディが、きみとぼくと世界を繋ぐ。


神様/聖域/アルバイト

銀河

ぼくたちの魔法はいつも誰かのためのものだった。
綺麗なものや美しいものは、それだけで何か意味を持つように見えるから、
中身は空っぽでも大丈夫。

歩いて、歩いて、歩き通した、その先にあったのは、
暗闇に包まれた銀河の無数の星。
街を抜けて、空を抜けて、地球を抜けて。
最後はみんな、生まれたところに帰るんだとしたら、
ぼくたちはずいぶん遠回りをしてしまった。
良かった。少しずつ救われるよ。
背中の翼もほら、戻ってきている。
失くしていただけだったんだ。

歩いて、歩き通して、
両足はもうぼろぼろになってしまった。
どうしても考えてしまうな、初めから翼があれば、さ。
責めるつもりじゃない、
ただ純な心で聞きたいの、
壊して、壊れてまで、旅をする理由ってなに?


「やがて、隣同士にある舟も、風の流れとともに離れていってしまう。」

「今あるこの距離は、これから縮むことはなく、このままゆっくりと、確実に離れていくのさ。」

「それでも最後に愛は残ると、言ってくれる?」

きら、きら、と星が呼応するように光る。
愛は残るよ、と星たちは歌っている。

ぼくはひとり遠くでその光景を眺めていた。
それは美しい光景で、ぼくらの愛の終わりでもあった。

きみと星たちはどんどん先に進んでいって、遠ざかっていって、小さな点になって、いつまでも点のまま。


ーー綺麗なものや美しいものは、それだけで何か特別な意味を持つように見えるから……

誰も居ない部屋に、冷めてしまったスープ。
そのまま霞んで、消えて、忘れてしまって。


おやすみ。
ずいぶん遠いところまで来たね。
長旅は疲れた?
銀河では、一年だろうと、一兆年だろうと、
たいした違いはないの。
触れられないなら、どちらも同じ。
どちらも遠い小さな星、それだけ。



背中/スープ/おやすみ
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