【パラダイムシフト・蓬莱】
2020/08/09 23:14
(2020年8月9日20時40分 投稿作品)
【パラダイムシフト・蓬莱】
午前中のみのG7会議を終え、ギルベルトはイギリスが滞在しているホテルに招かれた。
広々とした室内にはアフタヌーンティーの用意がされていた。
普:美味えー、やっぱり紅茶はイギリスが淹れたのが一番だよなぁ。
英:お気に召したなら何よりだ。
普:しかし意外だったな、日本がアメリカ相手にあそこまで本音をブチまけるとはな、ケセセ。
で、俺様を呼び出したのは、アレを見せる為か?
英:アメリカが酷く落ち込んでいる。
ウイグルやチベットに関することだから、日本はいの一番に賛同してくれると信じていたみたいだからな。
普:日本個人としてはずっと気に掛けて来たことだからな。
日本に味方した所為で戦勝国に見捨てられ、中国に占領されてされてずっと苦しい思いをして来たと罪悪感を抱き続けていたみたいだからな。
英:ああ、だからこそ、中国の頸木から解放されるチャンス到来、日本も喜んでくれるだろうと期待していただけにアメリカの落胆は痛々しいほどだ…
普:たまには思い知ればいいさ、日本はお前ら戦勝国に何度も裏切られ煮え湯を飲まされて来たんだ。
敗戦国だからと反論を封じられ、理不尽な決めつけにいつまで耐え続けなければならないのかと悔しい思いをして来た日本の気持ちなど、手前えらは考えたこともねえんだろ?
英:……
普:日本がアメリカの黒人たちに同情的なのは、『肌の色』で理不尽に差別され続けて来た同胞(はらから)のようなものだからだろ?
G7先進国クラブの一員として迎えられても、同じ敗戦国であるドイツやイタリアとは扱いが違うと感じさせられることが何度もあったんだろうぜ。
『アジア人:肌の色』=『非白人国家』
普:国際連盟設立の時に『人種差別撤廃条提案』が提議された報を聞いて、アメリカの黒人たちは日本に期待し希望を抱いた。
第二次世界大戦の時も、日本と戦うことに反対した黒人が何人も逮捕投獄されている。
有色人種国家日本が、白人国家ロシア相手に陸海軍共に勝利したあの日露戦争に、世界中の有色人種国家が、植民地の人々が歓喜し希望を抱いた。
日露戦争後100年を経て尚勝利の喜びを抱き続けているのは何故なのか考えたことがあるか、イギリス?
英:……
普:マレーシアのマハティール首相を、お前たちが憎み続けたのは何故か?
『日本なかりせば』
普:敗戦国日本を、お前ら戦勝国白人国家を前にして堂々と称えたえた。
国際連合、戦勝国クラブが掲げた人種平等は、単なる掛け看板に過ぎないことを…
あの大戦に戦勝国の大義はなかったと世界に向かって看破して見せたからだ。
英:……
普:日本はお前たち戦勝国を信じちゃいねえよ。
英:!
普:いや、信じたくても信じ切れねえんだろ。
利用されるだけ利用されて、また裏切られるんじゃねえかと疑心暗鬼になっているんだろう。
日英同盟は日露戦争への布石であり、命を落としたのは日本の国民だけだった。
ロシア帝国という強敵を失ってイギリス王国は世界の頂点に上り詰めた。
日英同盟解消後は欧米白人国家による日本包囲網が敷かれ、国家存亡を懸けた大戦へと追い込まれた。
300万人以上もの国民を喪った哀しみを、その理不尽さを、日本が忘れているとでも思ったか?
英:……
普:なあ、イギリス?
英:ああ…
普:お前たち戦勝国は、日本の信頼に一度として答えたことがあるか?
英:それは…
普:信頼は小さなことの積み重ねの結果得られるものだ。
日本がお前たちを信じ切れねえのはそういうことだ。
英:……
普:多分…、今の中国の状況が、あの大戦前の日本の状況を思い出させるから、日本は中国を突き放せねえんじゃねえかなぁ?
中華人民共和国のことじゃねえぜ、王耀自身のことだ。
俺たちの誰よりも長い付き合いだ。
ポルトガルに出逢うまで、千年もそれ以上も…、本田菊は王耀しか知らなかったんだからな。
**********
日:身につまされるのですよ。
飲茶を一口喫し日本は言った。
中:身につまされるあるか?
日:国民を幸せにしたくて、豊かな国にしたくて頑張って来ただけなのに…
気がつけば白人国家から憎まれ疎まれ、寄って集って責められ追い詰められて…
何が悪いのかわからなくて…、譲歩を重ねても次々に譲歩を迫られて…
国民を殺せと言うのか…!?
中:……
日:ああ…、我が日本国の存在そのもが赦せないと言うのなら…
「あの道を選ぶ以外にどんな選択肢があったのか?」
何度も何度も繰り返した問い…
中:我はただ彼奴らがやって来たことを真似ているだけある。
スペインがアステカを滅ぼし、国民を根絶やしにしたことを何故誰も責めないあるか!?
欧米が植民地で行った非道は何故問題にされないあるか!?
美国のインディアン虐殺や黒人奴隷制度は何故非難されないあるか!?
不公平ある、ダブルスタンダードある!
我が悪いなら、奴らも悪いある!
我が非道なら、奴らも非道ある!
我が裁かれるなら、奴らも裁かれねばならねえあるよ!
それが平等というものあるよ!
日:お為ごかしですよ、何もかも。
国連が、戦勝国クラブが行なって来たことは全てまやかしだったのです。
優秀な国連事務総長が登場し、白人国家の利益にならないわかったら足を引っ張って邪魔をした。
次には無能な事務総長を立てて白人国家の利権組織に変えて行く。
中国が国連で行なっていることは白人国家が是迄して来たことと何ら変わりないのに。
何時だって欧米の仕出かした非道は時効扱い、過去のことだから、そういう時代だったからと不問に付される。
でも、先の大戦のことは何時迄も責め続ける。
あの頃もそういう時代だったのではありませんか!?
一体誰が時効を決めるのですか!?
何時になったら我が国は時効になるですか!?
ねえ、中国さん!
中:うっ…、ううう…
日:中国だって戦勝国クラブの一員として都合良く国連を使い利権を貪って来たのでから、私からすれば同罪ですよ。
要は戦勝国クラブ国連は、似たり寄ったりの下司国家の集まりだったということですね。
中:日本だって国連メンバーあるよ。
日:ええ、国連憲章を信じて、世界の人々の幸福に寄与できるならと真白目に取り組んで来たのですけどね…。
でも、始めからまやかしだったとしたら、我が国の戦後75年の歩みは何だったのでしょうか…?
中:パスポートが物語っているあるよ。
日本の歩みは間違っていねえと言っているあるよ。
日:パスポート…
もしそうなら、国民の皆様のお陰です。
中:我の皇帝北宋の太宗も日本を羨んだことがあるあるよ。
彼奴は日本に憧れ日本のような国を創りたかったあるよ…
でも、異民族に攻められ滅ぼされたある、大陸国家の定めあるよ。
日:…島国に生んでくださったことを伊邪那岐、伊邪那美の命様に感謝をしなければなりませんね。
中:世界一の長寿国日本は、『蓬莱』だったあるかな?
日:ふふ、あなたと私だけの物語りですね。
何時迄も話していたいのですが、そろそろ時間でしょうか。
さて、幾つかお聞きしたいのですがよろしいですか?
中:何あるか、日本?
日:中国は鎖国するつもりなのですか?
中:習近平がそんなことを言っていたあるな。
正しくは『双循環』あるよ。
輸出主導経済だけでなく、海外からの投資と国内需要とがバランスを保った経済政策を採って行くということあるよ。
そうあるな…、ほんの数十年前は鎖国も同然だったあるよ。
習近平の野望のままに突き進むなら、遅かれ早かれ同じことある。
だが、それもいいある。
世界は面倒事ばかりで煩わしいあるよ。
日:鎖国の醍醐味をわかってくださいましたか?
私も出来ればあの頃に戻りたいのですけどね。
世は並べて事もなし。
何者にも煩わされることもなく微睡んでいられたのに…
中:今の時代、日本が鎖国するなど許されねえあるよ。
日本が鎖国したら世界の経済は100年逆戻りするあるよ。
日:ふふ、買い被りですよ。
例え亀の歩みでも、世界は進んで行くものですよ。
中:そうかもしれねえあるが、人間の愚かさは昔から変わらねえあるからな。
歴史を見れば一目瞭然ある。
詰まらない争いを繰り返すだけある。
日:ええ…
中:他に聞きてえことは?
日:台湾はアメリカ合衆国が護ってくれていますが、香港はどうなりましたか?
中:台湾は強い娘に育ったあるな。
美国が護っているなら心配要らねえあるな…
香港はイギリスの処に行かせたあるよ。
せっかく香港人に市民権を与えると言うなら利用しない手はねえあるよ。
二枚舌三枚舌のイギリスは信用ならねえあるが、少なくとも目的を達成する迄は保護してくれるあるよ。
日:目的を達成する迄は、ですか…
中:美国は大したことねえあるが、イギリスは策士ある、嫌な国あるよ。
日:ふふふ、本当に…
軍事大国の癖にアメリカ合衆国は戦争が下手ですしね。
中:物量でゴリ押しあるよ。
戦術ばかりで戦略がねえから引き際がわからねえあるよ。
日:イギリス海軍の空母(QE)が来るそうですよ。
中:その方が厄介ある。
中世此の方負け知らずは伊達じゃねえあるよ。
日:そう思うなら、イギリスが介入する口実を与えなければいいでしょうに。
中:香港は我のものある、絶対に手離すわけには行かねえある。
日:そうではなくて、香港の人々の出国を禁じたのは悪手だと言っているのですよ。
イギリスの市民権を持つ自国民を救い出す為、と言う大義名分をわざわざイギリスに与えてやるようなものです。
中国が欲しいのは香港という領土であって、そこに住む人間はどうでもいいのなら、さっさと追い出してしまうのが得策でしょう?
中:復讐あるよ。
日:復讐…?
中:我に逆らう者は赦せねえあるよ。
徹底的に打ち据えて思い知らせねば気が済まねえある。
島国の日本にはわからねえあるが、大陸に生きる者は油断すれば一夜にして取って代わられるある。
甘い顔をすれば寝首を掻かれるのが常ある。
権力だろうと金の力だろうと、他人を捩じ伏せてどちらが上か思い知らせる。
それが大陸の生き方あるよ。
日:大陸の生き方ですか…
中:同じ島国でもイギリスは日本とは全く違う道を歩んだある。
日本は日本の国土に籠って満足していたあるが、イギリスは外へ外へと領土を広げ世界一の植民地大国になったあるよ。
欧州大陸に近く何度も征服されたのもあるが、決定的なのは土地が貧しかったからあるよ。
国民を喰わせる為には海外に領土を求める必要があったある。
狡猾な国民性もその過程で培われたあるな。
片や日本は国土が若く豊かだったある。
外に食糧を求めなくても皆食べて行けたあるよ。
放って置いても雑草が生い茂り林や森が生まれる日本に比べ、欧州の土地は古く貧しく放って置けば荒れ野になるだけある。
生きて行く為に他人の土地を奪わなければならねえ定めあるよ。
日:地震、台風、火山の噴火…
自然は優しいばかりではありませんが、日本という国土で日本人が日本人として当たり前に生きて行くことができた…
私はとても幸せな国だったのですね。
中:我にとっての『蓬莱』あるよ…
できれば穢したくねえある…
日:はい…
中:豊かな国、貧しい国、世界中に色々な国があって色々な肌の人間が住んでいたあるよ。
それぞれの文化、宗教や慣習と共に生きてきたある。
それなのに、奴ら白人国家は、手前勝手な理屈で侵略し世界から文化を奪い、宗教も慣習も奪い、奴らの神を押し付け奴らのルールを押し付けたあるよ!
世界を壊したのは、奴ら白人供あるよ!
世界の破壊者のルールに何故従わなければならねえあるか!
誰も立ち向かわねえなら我が立ち向かうある!
我から奪ったものを取り戻すだけある、それの何が悪いあるか!
日:悪くはありませんよ、万里の長城の内側に留まっているなら。
そこがあなたの元々の領土でしょう?
あなたの領土を護る為に築いたのが万里の長城だったはずですよね?
私の領土にまで手を出さないでくれませんか?
中:だから復讐あるよ!
不甲斐ない連中ばかりあるから、我が制裁を下すある!
『華夷秩序』を取り戻すあるよ!
日:我が国を勝手に華夷秩序の中に入れないでいただけませんか。
留学はしましたけど華夷秩序に入った覚えはありませんよ。
中:蓬莱の仲ある、連れないことを言うなある。
アジアもアフリカも共に手を携えて立ち向かわねばならねえあるよ。
日:アメリカは本気ですよ。
中国包囲網が完成した今、中国に勝ち目はありません。
戦火を交えれば、我が国のように何もかも徹底的に解体され破壊されますよ。
中:その包囲網を築いたお前が情けを掛けるあるか?
習近平は止まらねえあるよ。
誰も責任を取りたくねえから習近平に成り代わろうともしねえある。
何もかもを習近平に押し付けて逃げる算段あるよ。
日:あの敗戦の後、我が日本も四分割されるはずだったのはご存じでしょう?
戦勝国の欧州そのものが戦場になり疲弊していたのもあってアメリカ一国の占領で済みましたが、あなたの場合は領土的野心を持つロシアも介入し、国土は幾つかに分割されることになるでしょう。
翻意をするならまだ…
中:ふん、それもいいあるな、長く生きたある。
北宋の太宗のような立派な皇帝もいたあるが、下司な皇帝も嫌になるほど見てきたあるよ。
最後の最後に最低最悪の下司を見ることになったが、これもまた天の定めある。
日:易姓革命ですね。
中:そうある、天が皇帝を選ぶあるよ…
日本はこれからどうするあるか?
我と来るなら歓迎するあるよ、皆も喜ぶある。
日:英米に一矢報いて遣りたい思いはありますが、それは叶いますまい。
中:奴らの処に帰るあるか?
また都合良く使われるだけあるよ?
日:…ええ、本意ではなくとも、昭和の帝(みかど)の思し召しですから。
終戦の後に、昭和帝は我が国の行く末を指し示されました。
『これからはアングロサクソンと共に生きて行かなければならない』
中:昭和天皇は天資英邁(てんしえいまい)なる天子あるな。
その天子が指し示した道ならば行かねばならねえあるよ。
日本は、私心のない主人(あるじ)に恵まれて幸せあるな。
日:はい、そう思います。
ですから、あなたも、対立する道ではなく、手を携え会う道を選んではどうですか?
中:もう、間に合わねえある!
翻意は有り得ねえあるよ!
お前には我という国がどういう国かわかっているはずある!
日:……
中:最後に教えてやるある。
武漢肺炎を世界に広めるよう唆したのは我ある。
日:えっ…!
中:我の最大の武器は13億人の人民ある。
それを上手く使わねえ手はねえあるよ。
日:何と愚かなことを…!
目論見が破綻したらどうなるか考えなかったのですか!?
世界中で72万人もの人が亡くなっているのですよ!
どうやって責任を取るつもりなのですか!?
国土も何もかも奪い尽くされ、今度こそ消えて無くなるかもしれないのですよ!
中:「それもいいあるな」と言ったあるよ…
日:……
中:生まれて、過ぎ去って、消えて行く…、そしてまた繰り返す…
我にとって『国』とはそういうものだったある。
日本のように一つの国と共に生きて来たわけじゃねえあるよ。
だから、心配は要らねえある。
日本は日本の為すべきことを為せばいいある。
日:耀(ヤオ)さん…
中:どうせなら哥哥(にーに)と呼んで欲しかったある。
日:それは…、宿題ということにしましょうか。
扉をノックする音がして日本は立ち上がった。
日:耀さん、再見!
笑顔で背を向けた日本が、扉の向こうに消えるまで中国はじっと見つめていた。
中:バカあるな、菊は…
踏み躙られても踏み躙られても鋼のようにしなやかに跳ね返し、
嘲られても蔑まれても前へ前へと歩み続ける
歩むその跡には
麦がすくすくと伸び
米がたわわに実を結ぶ
「お前はやはり蓬莱あるな」
〈終〉