【Short×3 Story】†三日月+一期一振(途中)



22/04/11 00:52 Mon
雪の降る夜だった
彼はひとり、明かりの落ちた縁側を歩いている。
きし、きしと鳴る板張りの床の音だけが彼の後を追っていた。
庭は白く積もる雪と夜の闇。彼の空色の髪が場違いに夜に染まっていた。
立ち止まって彼は己の手に息を吐く。白く染まった息が彼の顔を覆い、消えていく吐息を追って空を見上げる。
空は雲に覆われ星もない。
冷たい風が二度ほど頬をなでる間、彼は立ち尽くしていた。
ふ、と淡い明りのともった部屋がある。
微かな音を立ててその衾は開き、男が顔を覗かせた。
「一期や」
夜の色をまとう男は、辺りの静寂に配慮した声音で彼を呼ぶ。小さくとも風に散らず通る声だった。
「三日月殿」
呼ばれた彼は視線を空から下ろし、男を見て瞬いた。
「三日月殿、未だ装束を解いておられなかったのですか」
見れば男は狩衣に胸当てを着けたままである。これから休もうと言うには不似合な様子であった。
「ああ、おれには上手く解けなくてな。このまま寝ようかと思っていたところだ」
確かに中途半端に解けてだらりと伸びた腰の紐や所々はねた髪など、それを成そうとした様は伺えた。
朗らかに笑う男に釣られるように、彼は吐息のような笑みを零す。
「身体を痛めますよ」
「そうだな。手伝ってくれるか、一期や」
そう言って男は、衾の開いた隙間から身体を退かした。すでに空けられた滑り込むでもなく、彼は男を見る。彼を見返して、男は笑みを作った。
「頼む」
瞬きの間、彼は何か思案したようだった。開けられた隙間から漏れる温い空気が彼の髪を揺らす。
「…私で良ければ」
そう言って、彼は恐る恐るというように部屋に滑り込んだ。

衣紋掛け。床の間の一輪挿。文机。そして、乱雑に伸べられた寝床。
それらをちらりと見て、彼は男に視線を戻した。男は笑みを常と同じ絶やさず彼を見つめている。

「流石御前様。手際が良いな」
「いい加減に‘御前様’は辞めて頂けますか。いくら主が言ったとはいえ、悪巫山戯まで倣う必要はないでしょう」
「嫌か。其れはすまん。中々面白い事を言うと思ったんだがなぁ」
「……。あの床の間の飴」
「うん?」
「偶に弟達が持っているのと同じものですな」
「おれが駄賃に遣った物かも知れんな」
「駄賃ですか」
「ああ。何時もあの刀等は朝と夜には手伝いに来てくれてな。お前に似て手際も面倒見も良い」
「似て……いるでしょうか」
「うん?」
「その、私は最近来たばかりで弟達との繋がりも余り持てていないので、そばに兄弟がいるという実感が薄いのです。ここにお邪魔していることも知らず……」
「ああ、よく似ているな。一期が来る前はあの刀等の‘いち兄なら’をよく聞いたものだ。お前達は兄弟の話をするのが好きだな」
「そう、ですな」
「今日は弟達は全員出払っているんだったな。一期が通り掛かってくれて助かった」
「私にも飴ですか」
「要らなかったか」
「弟達と同じ扱いはどうかと思いますが、話の種が増えますな」






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