“バビィ ヤール”
とは、詩人エヴゲェニー エフトゥシェーンカの詩の題名であり、地名のことです
(今のウクライナのキエフの郊外にある、荒涼とした山間部です)
吐き気がする
喜びも悲しみも捨てるほど持ってるひとが
帰ってひととおりのことを終えアルコールとともに部屋で好きな音楽に耳を傾ける時間が大好き
“ジーマ”シャスタコーヴィチ
交響曲第13番 変ロ短調“バビィ ヤール”Op.113
まだ若い24歳のエフトゥシェーンカの詩にとても感銘を受けたジーマが作曲をしたこの交響曲は、作られた年と同じ1962年に初演されます
圧倒的な民衆の共感と支持を得たにもかかわらず党からは大問題作として上演禁止
指揮者もバス独唱者も圧力をかけられ次々に交代歌詞の書き換えを命じられジーマたちはしぶしぶ了承します
海外(ソビエト以外)では当然のことのように最初から原詩での上演がされています
しかしソビエト国内でもようやくこの詩が許される時が訪れます
1985年です
愚かしい
国内にいながら“本物”を一度も聞いたことがなかった
初演のキリル コンドラシン指揮、1985年に原詩でレコーディングしたギンナジー ラジュヂェストヴィェンスキー盤、愛息マクシーム シャスタコーヴィチのライヴ盤...どの盤も好きだけれど2007年アシュケナージ再編が特別に好き
今は自由に聞けるようになったのに、原詩で再編されたこの13番を聴いて平常心を保っていることが今だにできない
“僕はさまよい歩く
古代エジプトの砂の上を
見て
僕は十字架にかけられて滅びた
そして今になっても
体には消えない釘の跡がたくさんある
ドレフュスはまさに僕自身のような気がする
あの恐怖が蘇る
作曲家を苦しめた恐怖は未だに終わってない
スターリンはまだクレムリンのどこかにいる
たまらなくなって
涙もとまらなくなって
途中でとめてしまいアシュケナージの弾くショパンのノクターンを聴いて、この心を置き場をさがして...
でもどこにも見つからない
シャスタコーヴィチやアシュケナージを臆病者だと言うのならわたしだって臆病者です
過ぎてしまった時と場所を
背を向けてしまった恋を
なくなってしまった純真な心を
わたしはいつになったら卒業できるの
交響曲の第2楽章は、ジーマを「政府の奴隷になって作曲するやつはバカだ!」と嘲笑し、ジーマの“レニングラード”(交響曲第7番)の主題を「管弦楽のための協奏曲」の第4楽章でパロディにしやがったバルトークへの返礼です
なぜなら、これはバルトーク ベーッラ ヤーノッシュの「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」の第3楽章の主題の引用なのです
第2楽章途中から民衆のシュプレヒコールが加勢し
「こん畜生バルトーク、ざまあみろ!」とでも言わんばかりに
颯爽と駆け抜けていく笑顔のジーマが見えるようで...
そんな想像にわたしは幸せに心満たされて
でもわたしにはそれで十分です
それゆえにわたしも溶け込めない
理解してもらえない
なんという解りやすさ
話題:聴くと昔を思い出す一曲
シベリウス(Jean Sibelius)
Symphony No.1、4
間に“Suite Karelia”が入っている...デッカさすが!
ロリン マゼール&ウィーン響、デッカ1963年のレコーディングです
大昔(笑)
わたしが聞いていたのはメロディーヤというメーカーのレコードの音
デッカとは比較にもなりません
とてもとても...聞けたものではありません(>_<)
もう一枚
Velvet Underground
“White Light,White Heat”
ヴェルベットアンダーグラウンドは大学の頃に出逢い、聞き続けて...嗜好が変わることなく(笑)わたしがこのアルバムで好きな曲はたったの2曲です
Lady Godiva Operation
Here She Comes Now
この2曲♪
だけ(笑)
今宵の2枚
メンデルスゾーン
“Midsummer Nights Dream”
その他
マエストロ! リッカルド シャイイー率いるライプツィヒ ゲヴァントハウス管
ピアノはサリーム アシュカールです
もう一枚
メインはラヴェルのガスパールですが、ボーナストラックとしてドビュッシーの“喜びのしま”が収録されています
ピアノはもちろん“ボーヴァ”アシュケナージ!
デッカ様
いつも素晴らしい音をありがとう(*^^*)
おやすみなさい☆