(シシ華)
事故であった。まごうことなくそれは事故であった。
食事の配給をしていた華に、シシドが肉を貰いに近づいた。そこまでは普段となんら変わりない光景であった。そう。シシドの足元にバナナの皮さえ落ちていなければ、である。
足元のバナナの皮に気付かぬシシドが一歩踏み出した瞬間、滑る。前のめりにつるりと。そして見えたのは華の驚いた顔―…華の着ている白いシャツ―…それから。
ぽふり、シシドの頭が顔が二つの柔らかな山に埋まる。果たしてライオンであるシシドにその事の重大さが分かるであろうか。
一方、華は頭では分かっているつもりなのだ。相手はライオン。人間の姿をしようと動物。けれど逆を言えば相手はいまや人間なのだ。しかも人間の「男」である。
華の顔は真っ赤に染まり、目尻には涙が浮かび始めていた。
シシドはいまいち状況が理解できずにいた。自分の前にいるのは間違いなく飼育員だ。そして飼育員の胸部に自分は顔を埋めているのだろう。それならば早く起き上がればいい。何も怪我をしている訳ではない。
なのに何故。
なぜかこの二つの山からなる柔らかな感触と、華の柔らかな体温から離れるのは酷く辛いことに感じられた。
沈黙を破ったのはシシドでも華でもなく、大上とウワバミであった。
「だ、大丈夫!?ハナちゃん!」
「シシド!早く起きろって!ハナちゃん潰れちまうだろが!」
二人(二匹?)が声をかけねばシシドと華はずっとそのままだったろう。
大上がシシドを起き上がらせ、ウワバミが華を起こす。
「ハナちゃん大丈夫?」
「あ、う、ウワバミさん…大丈夫、です。私、大丈夫。シシド君は…?」
「オイ、シシド。お前どうしたんだよ。どっかぶつけたか?」
「本当にもうバカネコ!ハナちゃん潰れたらどうすんのよ!」
三者三様の声がかけられてもシシドは茫然としていた、が。ぼんやりと自分が倒れこんでいた華を見やり、今まで自分がどんな態勢で華の上にいたのか理解すると……
シシドの顔はまるで夕陽のように赤く染まった。
つられるように華の顔も染まり、ほろりと涙が一筋。
瞬間、シシドは一目散で走りだしていた。混乱する頭は何より華から離れることを優先させたのだ。
走る走る。
一刻でも早く頭の中を片付けたい。心臓の激しい鼓動を抑えたい。
けれど、甦るのは華の胸の感触、ニオイ、体温。
間もなく動物園に若い獅子の雄叫びが響いた。
「ハナちゃん、本当に大丈夫かい?」
「ありがとう大上くん、私は大丈夫…けどシシド君が」
「大丈夫よハナちゃん。これで少しは自分の気持ちに気付くと思うし」
「だといいけどなぁ?」
「?」
ナイスハプニング!シシド君やったね!ハナちゃんてばおっぱい大きいから埋もれ甲斐があるってもんよ!そこ代われ!