鼎は屋上でひとり、佇んでいた。イーディスとの因縁を打ち明けるべきなのか…。
しばらく悩む彼女の元に御堂と彩音がやってきた。


「やっぱりここにいたか。琴浦のやつ、すげー心配していたぞ」
そう声を掛けたのは御堂。

「鼎、寒くない?風冷たいよ」
彩音も心配そう。


鼎は2人を見た。2人を見た瞬間、悩みを打ち明けたくなっていた。

「和希に彩音…」
「屋上だとちょっと肌寒いから中へ戻ろうよ。休憩所に行こうか。そこで温かい飲み物でも飲んでさ、話聞いてあげるから」

彩音の優しい声に安心する。



場所を変えて休憩所。時間的に休憩所は誰もいなかった。

彩音は鼎に温かい飲み物を渡す。
「体、冷えてるよ。屋上にどれくらいいたの?」
「…わからない……。気づいたら20分くらいはいた…かもしれない」


しばしの間。鼎はようやく話し始めた。

「彩音に話すのは初めてなんだが、私はゼルフェノアに入隊してから最初の2年くらいは復讐代行をしていた」
「…えっ!?」
「元々この組織に入った動機は復讐のためだった。和希がいなかったら、今も復讐に取り憑かれたままだった…」


彩音、鼎の告白に言葉が出ない。
嘘でしょ!?今は時効とはいえ、そんな過去があったなんて。


「彩音も知ってるだろ。入隊当初の鼎がトラブル起こしたりしていたやつ。あれ、2年くらい続いていただろ。鼎が復讐代行していた時期と被ってんだよ…。
荒れていたのは復讐心が先走っていたと聞いた。俺は必死に止めたよ。
『こんなことをしても無意味だ。復讐なんてやめろ』とな」

「御堂さん、修羅場すぎる…」
彩音は困惑している。


「本題に入るが、敵勢力に私と因縁がある人間がいる。以前あっただろ、私を拉致した2人組のうちの1人がそいつだ。
かつての私の同業者だ」


「同業者!?」
御堂と彩音は声を揃えて反応した。


「推測が正しければそいつの名前は『イーディス』で間違いない。
ちなみにこれは通称だ。本名は不明。イーディスは現在も復讐代行をしている」


鼎とイーディスが因縁あるってなんかヤバい構図すぎる…。


「だけどよ、最近目撃された変な少女と青年はなんなんだ?ってなるよな」
御堂はそこが引っ掛かった。

「イーディスと手を組んだ勢力なのではないか?室長が言っていた。
『畝黒(うねぐろ)コーポレーション』もとい、その元締めの『畝黒家』が怪しいとな。畝黒コーポレーションは表向きはベンチャー企業だが、実態不明の謎の大企業らしい。黒い噂もある。……明らかに怪しい」


謎の大企業の元締めとイーディスが組んだとなると、面倒くさいぞ…。
しかもイーディスは鼎に因縁がある。ヤバい予感しかしない。



畝黒家。


「パパ。今日は一緒に行くの?」

明莉(あかり)が無邪気に當麻に聞いた。家族と矩人(かねと)以外には無表情で機械的な話し方をする明莉だが、家族の前では若干は子供らしさを見せる。


「そうだよ明莉。パパと一緒にゼルフェノアの偉い人のところへ行くんだよ」
「偉い人って『長官』?」

「そう、パパは長官と話しに行くんだ。
明莉はその間に隊員達と遊んでおいで。好きなだけ暴れるがいい。そうだね…死なせない程度に遊んであげな」



當麻と明莉はゼノクへと姿を消した。矩人は見送った。

「楽しんで下さいませ、明莉様」
「いっぱい遊んでくる」


明莉の言う「遊ぶ」とは戦闘を意味していた。つまり、ゼノクが一気に危険になるわけで。



休憩所では憐鶴(れんかく)から鼎へ連絡が入る。


「紀柳院さん、例の変な少女が再びゼノクへ来ました。
今回は父親と同伴ですが…なんていうか、2人とも気味が悪いです。私達特殊請負人は地下にいるので安全なんですが、防衛システムを起動させるべきか…」

「憐鶴、それはどういうことだ!?」


「明らかに人間ではありません。怪人でもない、異様なんです。
変な少女の名前も判明しました。『畝黒明莉』。父親は『畝黒當麻』だと」
「畝黒!?憐鶴は司令の指揮権があるんだろ!?資格あるんだよな!?」


「ありますが」

「西澤は何している!?」
「當麻と話しているみたいです。私達はPCでモニタリングしていますので。
當麻は長官と約束があって来たようですが…娘を連れて来る意味がわからない…。嫌な予感がします」

「憐鶴。そいつ…明莉には気をつけろ。ゼノクは狙われているかもしれない。
畝黒は『畝黒コーポレーション』の元締めだ。
敵勢力の可能性が高いんだよ、畝黒家は。ゼノクには入居者もいる。防衛システムは起動させた方がいいと思う。館内壊されたら終わりだろ!?
ゼノク隊員にも伝えておけ、内密にな」

「わかりました」



「――鼎、どうしたの?」
彩音が聞いている。

「憐鶴から連絡があった。畝黒家の人間2人がゼノクに来たと」
「それ…ヤバくないか!?」
御堂も少し焦る。

「父親と娘で来たと聞いたが…父親は畝黒家の当主=畝黒コーポレーションのトップだ。長官と接触するつもりなんだろうか…」



ゼノク。當麻は明莉に改めて言った。


「パパが戻るまでの間、たくさん『遊んで』おいで。隊員を死なせたらダメだよ?」
「うん」

當麻は長官がいる執務室へと案内される。残された明莉は子供らしからぬ不気味な笑みを浮かべた。


隊員はどこ?


憐鶴は地下でモニタリングしながらさりげなく防衛システムを起動した。
防衛システムはアラートなしでも起動出来る。敵にはわからないようにすることも可能。


憐鶴はゼノク隊員と職員に通信した。

「緊急なので臨時で指揮します。現在館内に入ってきた親子は人間ではありません。
私も場合によっては戦います」


そこにゼノク隊員の粂(くめ)が割って入ってきた。

「あんた執行人の憐鶴!?なんで仕切ってんのよ」
「西澤室長以外にも私にも司令資格があるんです。指揮権はあります。行使するのは初めてですが」

「執行人が司令資格あるって初耳だよ!?」
「気をつけるべきは畝黒明莉ですね。現在彼女は自由に館内を歩き回っています。東館と病院は既にシェルター起動しましたが。
防弾シャッターは使えない状況ですが、くれぐれも気をつけて下さい」


「わかったよ。じゃあ私達もこっそり動くわよ。気をつけろってことは相当危ないってことよね?」
「あの女の子はただならぬ異様な雰囲気がありますよ。子供らしからぬ不気味さがありますね。あ、二階堂さんは出撃させない方がいいかと」

「二階堂はかなり重要だよ!?」


「戦闘兼用義手と義足が破壊される可能性があります」
「それヤバいじゃん!」


ゼノク隊員に緊張が走った。
今、長官は當麻と話している。當麻も異形ならば長官も危ない状況。蔦沼はわかっていて接触に応じたのかもしれない。



ゼノク・執務室。


蔦沼は當麻と和やかに話していた。

「あなたがゼルフェノアトップ・義手の長官こと蔦沼栄治さんですか」
「君は…畝黒コーポレーショントップの畝黒當麻だね。何の用でゼノクに来たんだ?隠しても無駄だよ。僕にはわかってる。
ゼルフェノアを潰すか…乗っ取りに来たんでしょう?」

蔦沼は當麻と明莉が人間じゃないことを既に見抜いていた。


「うちの組織を乗っ取るか潰して君たちは何がしたいんだい?世界征服か?」

「それはまだ明かせないねぇ〜。うちの勢力には強力な人達もいるんだ。
まずはそいつの活躍を見てから…話を進めないか?」

「あの娘のことかな?」
「いや?…もっとたちの悪いやつがいましてね。そいつは本部をターゲットにしていますね」
「襲撃でもするつもりか?」

「襲撃はしませんよ」


さっきから違和感のある笑みを浮かべながら話している當麻。何を考えているのかさっぱりわからない。

しかしあの畝黒家がわざわざ来るとは何事か…。



明莉はゼノク隊員を見つけるなり、子供らしからぬ力で隊員を次々とねじ伏せていた。


「もっと遊ぼうよ」
「断る!!テメー仲間傷つけといて『遊ぼう』だと!?ふざけてんのか!?」


粂はキレていた。その半面、二階堂を出撃させなくて良かったと思った。
あのガキの力なら二階堂の義手は使い物にならなくなる。


見た目はかわいらしいお人形さんのようだが、不気味だった。
粂は弓矢で応戦するも、矢を簡単に折られてしまう。

「チッ!」
これじゃ全然歯が立たない…。憐鶴達が来ればいいのだが…。


上総(かずさ)も参戦するも、明莉の実力には及ばない。

「なんだこのガキ!?まるで機械じゃんか。いででで」
「上総、こいつは人間じゃないから全然歯が立たないんだよ。なんなのこの馬鹿力!?怖いよ…。
得物なしで戦ってるし、あり得ない動きをしてるんだが…」


「お姉ちゃん達、もっと遊ぼうよ」
無表情で迫る明莉。怖い。とにかく怖い。

「だから断るって言ってるだろうが!!ガキに殺されたくないっつーの!!」
粂は恐怖に怯えていた。


ゼノク隊員vs明莉の異様な攻防は続く。