翌日。ゼルフェノア本部・演習場――


鼎と梓は演習場で新人隊員の訓練を見に来ていた。珍しく、司令の宇崎も一緒だ。

「室長が新人隊員の訓練を見に来るって…珍しくないか?」
鼎が遠慮がちに聞いた。

「別に珍しくはないだろう。訓練の進行度を見ておかないとね。
新人隊員…訓練生は3ヶ月の共通訓練を終えた後、希望の部署の訓練も数ヶ月追加されるんだ。お前も経験してるだろ?」


ゼルフェノアの新人隊員=訓練生のシステムはこうだ。

まずは3ヶ月、共通訓練を受けたあと→それぞれの部署の訓練を受ける。
特に戦闘メインの隊員は追加で3ヶ月追加訓練を受ける仕組み。


最低3ヶ月、長くて6ヶ月新人隊員は訓練を受けるシステムだ。



訓練の合間、吾妻と氷見が挨拶しに来た。

「宇崎司令・紀柳院司令補佐、お疲れ様です」
「訓練の調子はどうだ?」
宇崎がなんとなく聞いた。


「キツいですけど楽しいですよ。私は元自衛官なので」
そう言ったのは吾妻。吾妻は元自衛官。氷見は元警官だという。


「元自衛官と元警官がなぜゼルフェノアに?」

鼎の問いに2人は答えた。


「市民を守りたい気持ちは自衛隊も同じですが、怪人という、得体のしれないもの相手に命懸けで戦うゼルフェノア隊員に憧れていたんです」
そう答えたのは吾妻。

「自衛隊や警察でも出来ないことが出来るのがゼルフェノアと聞き、隊員志願したんですよ」
氷見はやけに落ち着いている。


どうやらこの2人、仲が良いようで。
今年の新人隊員は本部配属は10人と少ない。新人隊員の中でも即戦力になるというのが、元自衛官と元警官のこの2人だ。


ゼルフェノアは元自衛官・元警官・元消防士の隊員がいることから、例え新人隊員でも即戦力になれば任務に回すことが多い。



副隊長の仁科は「そろそろ訓練再開するよ」と吾妻と氷見に声を掛けてきた。
御堂は新人隊員の訓練を仁科に任せている。

新人隊員からすると、副隊長の仁科の印象はいいらしい。時々厳しいが基本的には優しい指導だからか?
逆に隊長の御堂は普段から口が悪いことから、新人隊員の評判は微妙なようだ。


では、新人隊員から見た宇崎と鼎は?


司令の宇崎に関しては格好からして研究者なため、「変人」のイメージがついている。
言動も司令とは思えないために、新人隊員からしたら近寄りがたい存在になってしまっている。

鼎は「仮面の司令補佐」という通り、仮面で顔が見えないがゆえに少し怖いイメージを抱いていた新人隊員が多かったが、本当はそうではないとわかるや、新人隊員達は鼎に対するイメージが変わったという。

見た目だけで人を判断してはいけないということだ。



宇崎と鼎、梓は演習場を後にした。今年の新人隊員がやけに頼もしい理由があの2人だとはな…。

「室長、吾妻と氷見がなぜ即戦力になるのかわかったよ。元自衛官と元警官だったとは」
「うちの組織の隊員、意外といるんだな〜。元自衛官・元警官に元消防士」


そうなんだ。御堂は戦闘力は高いがあれは天然というか、素で身体能力が高いんだとか。



本部・隊長用執務室。基本的にこの部屋は副隊長の仁科が使っているのだが、この日は御堂が使っていた。


そこに鼎がやってくる。


「和希がデスクワークだなんて…珍しいな」
彼女は珍しげな声を出すが落ち着いている。

「現場にでずっぱりだから、たまにはデスクワークしねぇと仁科に負担がかかってしまうだろうが。
デスクワーク…苦手なんだけどよ。あいつは新人隊員についてるからデスクワークは俺が時々やってんだよ」


「書類を捌くのは苦手なのか」
「苦手だ…!」
めちゃくちゃ嫌そうな顔をした御堂だが、気の知れた親しい鼎相手だからこそしているようなもんで。

鼎は机の上にある書類の束をいくつか持ち、もう1つの机に持って行った。

「お、おいどうすんだよその書類…」
「この書類、最終的には室長に行くものだろう?だったらここで私も捌こうと思ってな」


「お前は補佐の仕事しろよ…」
御堂、ちょっと言葉に迷う。

「しているが?『司令補佐』と言っても便宜上の肩書きだ。隊員と変わらない。私だって、司令室に籠り続けるのはキツいんだよ…!
室長は私のことを思って『補佐』というポジションを作ってくれたが、戦えないんじゃ意味がない。…戦えない身体だから、どうにもならないんだがな」


マズイ、鼎を怒らせた?めちゃくちゃ機嫌悪そうにしてる。
彼女の場合は仮面で顔が隠れているため、コミュニケーションが難しい場面が幾度かある。これは日常茶飯事。


「和希…正直私は怖いんだ。あいつが」
「あいつって…イーディスのことか?」

「あぁ」
彼女の声に力がない。何があったか知らないが、数年前に何かが起きているのは確か。


鼎はぽつぽつ話ながらも書類を捌いていた。彼女は司令室にいる時、書類を捌くデスクワークをメインとしている。
怪人出現時はメインモニターとPCを駆使して指揮したり、宇崎の指揮をアシストしていたり。

さすがに司令室ばかりにいるのもあれだからと、宇崎は鼎をたまに演習場に行かせたりと、身体に負担がかからない業務をさせている。


宇崎の機転のおかげで、鼎のイメージが大幅に変わった隊員もちらほらいるくらいだ。



新人隊員の中には変わり者もいた。仮面の司令補佐にお近づきになりたいがために、隊員になった猛者がいる。
鼎のファンというべきものなのだろうか…。

その変わり者の名前は八尾と言った。



本部・休憩所。午前中の訓練を終えた新人隊員数人が休憩所に来ていた。そこに鼎と梓が。
休憩所には八尾がいた。


「き…ききき紀柳院司令補佐じゃあないですか!え…あの、初めまして。八尾ことはと言います」
「お前が例の…」

鼎はことはをじっと見た。ことはは緊張している。


「あ、あの…私頑張りますので!司令補佐に近づきたいんです!紀柳院司令補佐がかっこよくて…入ったんです…」
鼎はいきなりことはの頭をぽんぽんした。

「お前が例の私のファンとかいう新人隊員か。
お近づきになりたいのならば、訓練を耐えろ。それから道は開けるから。言っておくが、憧れだけではこの組織に残ることは難しい。脱落者も見ているからね。お前にはガッツがあるようだな」


ことはは内心どぎまぎしていた。あ、頭触られたよ…!嬉しいけどプレッシャーが…!

司令補佐をよく見ると、よくあんな狭い視界で動けているよな〜と思う。仮面の理由が理由だから、人前では素顔になれないんだ…。



初めて見た時は怖かったな。先入観のせいだ。

白いベネチアンマスク姿の女性がこの組織の司令補佐だと知った時は。彼女は当たり前のように白い制服の上から黒い薄手の司令用のコートを着ている。
宇崎司令とは対照的な格好をしている。司令は白衣を着てるから余計に紀柳院司令補佐が目立つというか…。


「お前達、頑張れよ」

鼎は素っ気なく新人隊員達にそう言うと、休憩所を出た。八尾はまだドキドキしていた。


司令補佐を間近で見れた…!やっぱりカッコいい。あの仮面ですら、いとおしいくらいにカッコいい。
私、もっと頑張らなきゃ。補佐に認められたい。

そういえば補佐の隣にいた眼鏡の女の人、あの人が用心棒の琴浦さんだっけ。なんか怖そう。



ゼノク・司令室。


「長官、俺を召集して一体何があったんですか」

そう聞いたのは北川元司令。ゼルフェノア名義では最初の司令であり、鼎が慕う人でもある。


「畝黒(うねぐろ)対策しようかと。あいつら数日前にゼノクにやってきた。
この組織が相当欲しいのか、潰したいのか。技術は一切渡さない」
「畝黒って…畝黒コーポレーションの元締めですよね?」


「君には本部に行って貰いたい。畝黒の他にも何者かが組んでいる可能性はあるからね」
「長官、そこは任せて下さいな」


北川、東京へと向かう。



本部・司令室。その日、晴斗がやけに早くやってきた。


「鼎さーん!」
「晴斗…お前学校は?」

「今週はテスト週間だよ?だから帰りに寄ったんだよ〜。たまに来ないと感覚鈍っちゃうから」


学生隊員はこういうことがよくあるらしい。たまに来ないと感覚が鈍る現象。


晴斗は通路で見慣れない隊員を見たと言った。鼎はさらっと説明。


「そいつらは新人隊員だよ」
「もうそんな時期!?」

「まだ訓練期間だが、約2名は即任務に行けると聞いてる」
「…どういうこと?」

晴斗はきょとんとした。宇崎が付け加えた。


「元自衛官と元警官の新人隊員が入ったんだ。彼らは既に鍛えられているから戦闘スキルもあるだろ?
だから即任務に行けるわけ。まだ初任務はしてないが、晴斗と一緒になるかもよ〜」


元自衛官と元警官な時点で強いじゃんかよ…。



ゼノク・東館。いちかはなんだかんだゼノクにいる。
宇崎のご厚意でゼノクの滞在が許可されていた。

いちかは兄貴と七美を相当気にかけている。


兄貴は職員だから戦えないんだよね。ななみーさんはゼノクスーツ姿だから視界が狭いし、誰かしらいないと不安なはず。


「いちか、何でまたゼノクに滞在してるのさ」
兄の眞(まこと)が切り出す。
「なんか…嫌な予感がするんすよ…。大きな力が動いてる感じというか…」



本部でも、御堂に妹の柚希から連絡が入る。


「兄貴〜?」
「なんだよ柚希、どうしたよ」

「兄貴…鼎さんのこと、何があっても守ってあげてよ。錦裏さんがすごい気にしてた」
「錦裏先輩が!?柚希と錦裏先輩は最近本部に来てなかったのって…」

「司令から『新たな敵勢力が出ているから本部にはしばらく来るな』って言われたんだよ。危ないから。
だから雑誌の撮影は組織の安全な小さな施設で撮ってるんだ〜。パッと見わからないようなところでね」


緊張感ねぇよな、柚希…。

シリアスな話してんのに、いつもと一緒じゃないかよ…。


しかし、柚希がそう言ったってことは…。
錦裏先輩と柚希は半分ゼルフェノアの一員みたいなものだが、室長は安全を考慮したのかなと。