「………錦裏さん、兄貴に伝えましたけど…これでいいんだよね!?」

柚希は錦裏に迫った。つい先ほど、柚希は兄の和希に連絡したばかり。ぼやけた内容だが、兄貴には伝わると感じていた。


「紀柳院が危ないってことが伝わってなきゃおかしいだろ?和希はやってくれるはずだよ」



ゼルフェノア本部・演習場。本部上空にヘリコプター1機が飛んでいた。その中には操縦士とDr.グレアが搭乗している。
グレアはイーディスのネット配信開始時間までの間、戦闘員クラスのマキナを演習場にばらまくことにしていた。


グレアは密かに、戦闘員クラスの機械生命体であるマキナをも開発していたのである。
メインの強化したマキナは残り2体だが、まだ出す気はない。


イーディスから通信が入った。

「ネット配信開始までまだ時間があるから、マキナを圧縮したカプセルを本部演習場にばらまいたら?
いい暇潰しになるんじゃないの?あなたは戦闘員マキナの実力を見れるわけだし?」
「イーディス、君は抜かりないな。なんで戦闘員マキナ開発してたの知ってたの」

「隠さなくてもいいんだよ〜?役に立つから作っていたんでしょう?戦闘員とはいえ、機械生命体には代わりないからね♪」



ゼルフェノア本部・司令室では。鼎がメインモニターの異変に気づく。


「室長、メインモニターがジャックされてるぞ!PCも一部ハッキングされてる…」
「ジャックされてるって!?」


宇崎は慌ててメインモニターを見た。動画配信サイトのとあるチャンネルの待機画面に変わっていた。
サブモニターは通常通りに稼働している。ハッキングされた!?

画面にはテロップで「配信開始まで残り120分」とある。数字は刻々と減り続けていた。配信開始までカウントダウンしている。
そのチャンネルはイーディスのものだったが、チャンネル名のせいか鼎達はまだ気づいていない。



演習場では上空から何かが降ってきたことに仁科が気づく。
彼は新人隊員達を一時待機させた。

「そのカプセルに触っちゃダメだからね。落ちてきたカプセルの数を教えて欲しい」


新人隊員達は上空から落下した手のひらサイズのカプセルの数を報告。

「5つか…。ちょっと離れていてくれ」


この時点でヘリは本部周辺から離れている。



司令室に仁科から通信が。


「怪しいカプセルが空から降ってきた!?場所はどこなんだ!?」
「司令、演習場です」
仁科は淡々と答える。

「演習場!?新人隊員達は無事か!?」
「避難させてます」


通信の背後から新人隊員達の悲鳴が聞こえた。仁科は状況把握する。
「室長、状況が変わりました。マキナと思われる怪人が5体、出現しています」


「マキナ5体だと!?新人隊員で戦える人間は?」
「吾妻と氷見がいますよ」

「鼎、カメラを演習場に向けて操作してくれ」
「了解した」



演習場――


「吾妻・氷見。初任務だよ。敵は機械生命体だが戦闘員クラス。俺も一緒に戦うから心配するな」
「仁科副隊長、実戦っていきなり来るもんなんですね」

氷見はやっぱり冷静。吾妻は早速ライフル銃を構えた。
吾妻と氷見は新人隊員とは思えないほどの戦闘スキルを持っていた。元自衛官と元警察官であるこの2人は体術にも長けている。


吾妻はライフル銃で撃たないで怪人を殴っていた。周りに他の新人隊員がいるのもある。
とにかく吾妻は肉弾戦が得意で、武器の使い方も臨機応変にする人。

一方の氷見は銃を一切使わず、対怪人用の短剣でビシバシと攻めていく。
この対怪人用短剣は隊員の標準装備のもの。


仁科はというと銃と短剣、同時に使っていた。

「戦闘員にしてはしつこいな〜」



司令室ではサブモニターで演習場の戦闘を見ている。


「このマキナ、戦闘員か?なんかショボいよね。装甲とかが」
宇崎、バッサリと切り捨てる。


「吾妻と氷見の2人…本当に新人か!?強くないか!?」

「鼎〜、そんなにも驚くなよ〜。元自衛官と元警察官だぞあの2人は。
吾妻は柔道黒帯だし、氷見は空手の達人だ。鍛えていたから強いの」

「…あれは八尾か!?」
鼎は八尾も戦闘に加わったところをモニター越しに目撃する。


「八尾のやつ…何考えてんだよ…!まだ戦闘するには早いのに…」
宇崎、若干イラッ。



その頃の演習場。八尾が突如戦闘員マキナと格闘していた。
これには仁科も止めにかかる。

「八尾にはまだ早い!お前はひっこんでろ!」
「嫌だっ!紀柳院司令補佐が見ているんでしょ!?私だって強くなりたいんです!!そのために入ったんだから…戦わせてよ」


八尾は晴斗と似たようなタイプだった。やり方はめちゃくちゃだが、筋を通すタイプ。


そこに氷見がアシストした。

「八尾さん、一緒に倒しましょ。あなたにも出来るはず。目標があるんだろ?」
「ありますよ…。司令補佐に認められたいんです!!そんで立派な隊員になってやるって!!」


八尾はいきなりグーパンチで戦闘員マキナに喰らわせた。八尾のパンチは意外と強い。かなり力が入ってる。

これは彼女の覚悟を意味していた。ただのファンで入ったわけじゃない。推しのためなら…!尊敬する司令補佐のためなら少しでも近づきたい!!


八尾はさらに回し蹴りやローキック、銃でガンガンぶん殴り戦闘員マキナを撃破。
やり方はめちゃくちゃだが、怪人を倒しているあたり…彼女は本気。


吾妻と仁科も八尾に触発されたようだった。

「うかうかしてられないね。一気に片付けようか、吾妻・氷見。八尾は本気だよ?」
「副隊長、なんでそんなに余裕なんですか」

吾妻も話ながら攻撃しているのだが。
氷見は肉弾戦だけで2体撃破。吾妻も対抗心で残り2体をまとめて撃破した。


仁科はダメージを与えただけで、とどめを刺したのは彼ら3人だ。


「3人とも初任務、お疲れ様。八尾はすごいな〜。君は伸びるぞ。
モニターの向こうには紀柳院司令補佐がいるから、通信してみたら?」
仁科はいつもの温厚な彼に戻る。

「えっ!?いいんですか!?」


八尾、自分で怪人を倒した自覚がない模様。


「き…ききき紀柳院司令補佐、私…怪人倒しましたっ!怖かったけど…やったよ!!」
司令室の鼎は八尾の嬉しそうな声を聞き、こう返した。

「こんなところにダークホースがいたなんてな」


だ…ダークホース!?


八尾、鼎と話せて嬉しんだがパニクっているんだかわけがわからない状態。



都内某所。一般市民の恭平は、街頭の巨大モニターが何者かによってジャックされているのを見た。
他の市民達もなんだなんだとざわめきを見せている。


「なんだあれ?」


「配信開始まで残り63分」とテロップがカウントダウンされているだけで、画面の背景は不気味なカラーリングをしていた。黒と赤のマーブル模様の背景でテロップの文字は白い。



Dr.グレアは演習場に戦闘員マキナをばらまいて時間潰しをしている間に、街頭の目立つ巨大モニターをハッキングしていた。


「イーディス、モニターのハッキング完了しましたよ」
「ありがとグレア〜。感謝してるよ〜」

「人使い荒いのが解せないですが、まぁいいでしょう」
「何か言った〜?」

「言ってませんよ」



鼎達はジャックされたメインモニターを見る。配信って一体なんなんだ!?


宇崎は研究室から急いで戻ってきた。

「研究室のメインPCもジャックされてる。支部とゼノクにも確認したが、司令室のメインモニターがハッキングされたと報告が上がった」
「本部以外もハッキングされてんの!?」

用心棒の梓、思わず言っちゃってる。



少しの間、外出していた御堂は急いで帰ってきた。司令室になだれ込む。


「おいっ!街の街頭モニターあるだろ!?あのデカイモニター。
そのモニターもハッキングされてたぞ…。市民は画面に釘付けになっていやがった」
「街頭モニターまでハッキングとか規模大きいよ!?一体何が始まるのよ…」


梓は呟く。しかしこの赤と黒のマーブル模様の背景と白い字幕…どこかで見たことあるんだよなー。
この気味悪い感じ…。思い出せ、思い出すんだ琴浦梓。

カウントダウンは残り1時間を切っていた。
よく見ると画面の下にはこんなことが書いてあった。


『私は暗部を暴く復讐代行です』


復讐代行…?



鼎もこの画面下側の文章にようやく気づいた。

「これは…イーディス…?これから何をする気なんだ!?…怖い……」


配信開始のカウントダウンはだんだん短くなっていく。


御堂は柚希からの電話を思い出した。
『何があっても鼎さんを守ってね』ってまさか…。イーディス絡みのことなのか!?


あの電話は柚希自身じゃなくて、錦裏先輩が伝えたくて柚希に言わせた可能性もある。


御堂は自然と鼎の隣に移動していた。
「俺がいるからそう、不安になるなよ。彩音や梓、晴斗もいるんだ。
お前に因縁があるやつが何してくるかわからないけど、側にいるから」
御堂は鼎の手を優しく握った。

「…ありがとう」



晴斗はしれっと本部を出て、街中へと繰り出していた。彼は高校生、遊びたいお年頃だ。
そんな晴斗も街頭モニターの異常に気づく。

「…なんだこれ。『配信開始まで残り40分』って…何が始まるんだ?
てかこれ…ハッキングされてんじゃん…。誰がやったんだよ…」


近くには恭平がいた。

「君、ゼルフェノアの関係者?」
「そうだけど?学生隊員ってやつですが」


学生隊員なんてあるんだ…。恭平は初めて知る。


「仮面の司令補佐…元気かなって。俺…数ヶ月前に彼女に嫌な思いをさせてしまって…謝りたいけど無理だよね」

「もしかして鼎さんが言ってた『失礼極まりない一般市民』って…お兄さんのこと!?
正体ずっと探っていたんでしょ!?やめたげてよ!鼎さん…あれからものすごく傷ついてたんだから」


恭平は晴斗の剣幕に怖じけづいた。高校生とはいえ、隊員だから平然としているなぁ。
司令補佐のことを「鼎さん」と呼んでるあたり、親しいんだろうか…。



そうこうしているうちにカウントダウンは進んでいく。
ネット配信開始まで残り30分を切っていた。