鼎はイーディスによるネット配信で公開処刑されて以降、悪夢に毎日のようにうなされていた。

「――これ以上、やめてくれ!やめて…」


鼎はガバッと起きる。――また悪夢。あれは寝言だったのか?気持ち悪いくらいにリアルだった。
あれ以降、鼎は事実を認めたにもかかわらずバッシングに逢い、精神をやられていた。親友の彩音は宇崎の密命を受け、彼女のいる寮へと泊まっている。

彩音は鼎の部屋の空き部屋に泊まっている。彼女は何度か鼎の部屋に泊まっているため、慣れてはいるが…。


鼎はあれ以降、ほとんど寝室から出てこれない引きこもり状態だ。彼女はあの日、本部から帰宅する時に彩音と梓に言っていた。

「人目が怖いんだ」と。



イーディスによるネット公開処刑の影響は本部にも及ぼしていた。
数日経ち、今は鎮静化しつつあるが配信翌日は事務所に問い合わせが殺到→パンクしかけ、解析班まで電話対応に駆り出されるほどに本部はパニックに。

当然訓練なんて出来るような状態ではなく、新人隊員達は何が起きてるかわからないままにされていた。
吾妻と氷見はなんとなく異変に気づいていたらしいが…。



あれから約1週間経った。


鼎はなかなか寝室から出てこれない状態が続いている。食事は彩音が持って行ってあげていた。極力、彼女が食べたいものを食べさせてあげたいが無理はして欲しくない。


彩音は人間態の鼎の対怪人用ブレード・鷹稜(たかかど)と久しぶりに話をした。

「鷹稜、鼎に無理させたらいけないよね」
「主(あるじ)があそこまで精神を病むなんて…。私は何も出来ないのが悔やまれます」

「鷹稜はただ側にいるだけでいいんだよ?鼎の相棒でしょ。普段は人間態だけど、戦う時はブレードの姿に戻るんだよね」
「寝る時も戻りますよ」



梓は親友の彩音にほとんど任せているが、時々鼎の部屋に来てくれる。

「ちーっす。悠真の様子はどうなの?
あ、これ悠真が食べたがってた彩花堂のケーキと焼き菓子。焼き菓子はあたしが勝手に追加したけど…おせっかいかな」
「鼎はまだ人目が怖いみたいで…。ようやく私の前に姿を見せれるようにはなったよ。短時間だけどね」


あいつは繊細だからな…。相当深刻だぞ。


「彩音、ケーキ冷蔵庫に入れといて。悠真は食べるはずだから」
「ケーキの数…なんか多くない?箱大きいよ?」


「彩音と一緒に食べれるように計算しといた。あいつがひとりで寂しく食うよりはマシかなーって…」
「梓さんも一緒に食べようよ。…鼎がいつ出てくるかわからないけど」

「構わないぞ。悠真、ケーキは冷蔵庫に入っているからな〜。早めに食べてくれ〜」
梓は寝室に向かって声を掛けた。返事はなくてもいいから。



梓が1階の部屋に帰ろうとした時だった。寝室からガタンと音がした。鼎が出てきたのだ。


「梓…まだ帰らないで…」
か細い声だった。切実そうに訴えかけるような、そんな声がした。

「わかったよ。司令から聞いたが、事は鎮静化しつつあるから大丈夫。
彩音をつけたのは司令の優しさだ。悠真…ゆっくり行こうよ。ゆっくりでいいんだよ」

梓は優しく話し掛ける。
「梓……」


梓は玄関からリビングダイニングへと戻った。鼎の声を聞いたのは久しぶりな気がする。


「悠真って、家でも仮面姿なんだな」
「目にも火傷のダメージが及んでいるからね。ないと…物が見えにくいんだ」

「だから目の部分に黒いレンズがあるんだ…その仮面。悠真の目を保護するために」
「必要不可欠なんだ…これは。身体の一部だから…」



ゼルフェノア本部・研究室。八尾は宇崎に呼ばれた。


「し…司令、ななな…なんでしょうか…。研究室初めて入った…」
八尾は緊張のあまり、ガチガチになっている。

「八尾〜、そうガチガチになるなよ。この研究室にはな、鼎に関する秘密の小部屋があるんだ」


秘密の小部屋?司令補佐に関係するってどういうことなの…?

研究室の一角には確かに小さな部屋がある。まるで学校の準備室のような部屋…。


「八尾は鼎に少しでも近づきたくて、この組織に入ったんだよね」
「はい。中学時代にたまたま見たテレビのニュース映像で見た『仮面の隊員』がかっこよくて…」

「この小部屋は鼎と俺、彩音くらいしか入らないが…特別に部屋の中を見せてあげるよ。気になっているんだろ?仮面の司令補佐について」
宇崎はそう言うと小部屋の扉を開けた。そこには異様な光景が。


たくさんの白いベネチアンマスクのスペアが置いてある。よく見ると鼎のライフマスクとおぼしき石膏像が。

…たくさん仮面がある…。なにこれ…。


「ごめんね、びっくりさせちゃったよね。これは鼎のライフマスク。5年前に型通りしたかな…確か。
彼女の仮面はここで俺が改良したの。戦闘に耐えうるように、軽くて頑丈なものにしたんだ。今や鼎は戦えない身体になっちまったから、顔と目の保護を目的としているんだけどね…」

目の保護は初めて知った。


「な…なんで部屋を見せたんですか?」

「八尾は鼎の気持ちに寄り添いたかったんだろ。似たような仮面を着けて、疑似体験してるとお前の家族からタレコミが入ったんだよ。
純粋すぎるんかね…。この部屋の仮面はスペアだが、鼎専用以外のものもある。
疑似体験するならこれをひとつ、持ってくか?」


宇崎の手には鼎の仮面と同じタイプのものが。


「こっちは女性用のベネチアンマスクだよ。鼎用にカスタムしたものじゃないが、素材や構造はほとんど同じ。
八尾は鼎と背格好が似てるんだよなー…」


「そ、それがどうしたんですか!?」
八尾はそう言いながらも、宇崎から仮面を受け取る。

「あ、その仮面剥き出しは良くないよね。ちょっと待ってて、今それを包むから」
宇崎は布を出すと丁寧に包み始めた。そして箱の中に入れる。


扱いが丁寧だ…。


「八尾、鼎の影武者をやってくれと言われたら引き受けるかい?」
「かかか…影武者!?」
八尾はちょっとパニックを起こしていた。


「仮面の内側にボイスチェンジャー仕込めばお前は鼎になりきれるはず。事が完全に鎮静化するまでの間、数日間だけでいいから鼎になりきってくれるかな」
「なんでそんなことを頼むんですか…」
八尾は混乱している。


「あれから約1週間経ったが、彼女は公開処刑のバッシングで精神をやられていてまだ復帰出来そうにない。
そろそろ鼎が出ていないと不自然に思われる。
そこで…八尾に頼んだんだ。数日間…そうだな…3日だけでいい。鼎を演じてくれないかな…」


なにその重大任務!?司令補佐になりきれって無茶すぎない!?私に出来るんだろうか…。



宇崎は御堂を研究室に呼んだ。


「和希〜、出番だよ〜。八尾に補佐の制服と司令用コートを渡してくれ」
「室長、なんで俺がパシりに…」

御堂は渋々持ってきた。


「和希は3日間、八尾のバックアップに付け。八尾は3日間、『紀柳院鼎』になりきる。八尾は影武者だ。これは鼎本人を守るためのことだからな。
八尾を抜擢したのは尊敬する鼎のことを熟知しているからだよ。鼎の話し方のパターン、わかっているんでしょう?」

「は、はい…。話し方だけならなんとか…出来るかも」
御堂は不安そうな八尾をなんとか勇気づける。


「基本的に八尾は司令室にいればいい。鼎も普段、司令室を拠点としているからな。
本部の行動範囲は狭いからあまり出しゃばらなければ大丈夫」
「司令補佐は戦えない身体なんですよね。それっぽく出来るかな…」

「お前は感情的になると天然で怪人ぶっ倒すくらいには強いから、そこ要注意な!一発でバレるぞ」


宇崎が付け足す。
「この任務はマスコミ対策でもあるからね。北川がうまくあしらうから心配するな」
「北川って…?」

「ゼルフェノア名義の最初の司令だよ。最初の司令だった人で鼎が慕っている。
今でもたまに来てるんだ。だいたい長官の命で本部にいるんだけどね」



八尾、影武者任務という重大任務のプレッシャーに負けそうになる。

私に出来るんだろうか…この任務。



ゼルフェノア本部寮。鼎達3人は仲良くケーキを食べていた。


梓は鼎が頑なに素顔を見せたがらないのを気になっていたようで。
いつの間に食事用マスクを着けたんだ?

「悠真、そういえばあんたの素顔…あたしまだ見たことない」
「…今じゃなくてもいいだろ…」

「なんかごめん」


3人は少し気まずいまま、ケーキを食べ終えた。残りのケーキは冷蔵庫へ。これは鼎のもの。

鼎は食事用マスクから通常のベネチアンマスクへと変えようとした。
梓はその隙を見逃さなかった。


「悠真…顔見せてよ…」
「梓…ちょっと強引だってば…」

鼎は少し嫌そうだ。梓は鼎の素顔を初めて見る。


「悠真……ひどい火傷の跡だね…。身体の方は目立たなくなってんのに…なんで顔だけこんなにひどいの…」
鼎は淡々と仮面を着ける。


「怪人由来のものだから、なかなか消えないんだよ…。完全に顔の大火傷の跡を消すには手術しかないと言われた」
「それでそのままにしてるわけ!?酷じゃない?」

「目のダメージを考慮したら、そのままの方が負担がかからないんだよ…。それに仮面生活も長いから……」


梓は思わず鼎をぎゅっと抱きしめた。


「ごめん、涙出てきた…。あんた壮絶すぎるよ…」
「ちょっと苦しい…」

「悠真、ごめん!」
梓は思わず離した。彩音と鷹稜はこの様子を温かく見守っていた。