―なんだろう。胸騒ぎがする――大きい力がうごめいてる感じがするというか――

御堂が住むシェアハウスの共同スペースで、彼はずっと頭を抱えていた。時間帯は夕方。
御堂は帰宅してからこんな感じ。


「御堂、あなた顔色悪いわよ?どうかした?」
このオネエ口調は逢坂か…。

「いや…なんでもない…」
「もしかして、彼女のこと?鼎ちゃん。それで悩んでいたの?」


逢坂にはすぐ見抜かれてしまう。


「あいつ…明日、因縁のあるやつと会うって言うから、ずっと胸騒ぎしていて…。俺…どうすればいいんだ…」
御堂は初めて弱気を見せた。普段の彼とは違い、表情も不安げ。

「鼎ちゃん、ああ見えて強い子よ。ここぞという時にね。過去にそれ…なかったかな」
「………あった」
御堂は思い当たる節があるようだ。

「大丈夫よ、彼女は。あなたは心配しすぎてる。
御堂、お腹空いてない?何か食べる?」
「いえ…まだ空いてないです…」


逢坂に救われるとは。

なんだかんだこのチャーミングなちょっと不思議なおじさんは、人を癒してくれる。時々オネエ口調になるのはご愛嬌として。



翌日。ゼルフェノア本部。


いつも通りの穏やかな朝だったが、少し違っていた。
鼎はいちかと八尾に司令室前で遭遇。


「いちかと八尾、どうしたんだ?2人して」
「八尾ちゃんがきりゅさんにどうしても会いたいって言うから、来たの。
八尾ちゃん、きりゅさんのことが気になりすぎてて…。ちょっとパニクってるっす」

「あ、あの…今日あの人のところに行くんですか!?イーディスとかいうやつに…。私…心配で心配で。
司令補佐をネット配信で公開処刑した人のところにわざわざ行くんですか…?」

八尾は泣きそう。鼎は彼女の頭をいきなりわしゃわしゃした。

「ちょ、ちょっと何するんですか!わしゃわしゃしないでくださいよ!!」
「お前、可愛いな。もう決めたことなんだ。これは私の問題だから。心配してくれてありがとな」

鼎は司令室へと行ってしまった。


残された八尾、心臓バクバク。ドキドキ。
憧れの人にいきなり頭をわしゃわしゃされるって、嬉しいけどパニックが勝ってるよーっ!


いちかは恐る恐る声を掛ける。

「八尾ちゃん…きりゅさん相当覚悟してるみたい。あたし達はこの行方を見届けることしか出来ないよ…」
「司令補佐は絶対生きて帰ってきます!!きますから!!」

八尾はそう言い聞かせた。



司令室。宇崎が鼎にあるものを渡す。それは小豆ほどの小さな丸い物体。

「室長、これは…?」
鼎は手に取り、目に近づけてじっくり見る。彼女は常に仮面姿なため、小さい物は少々見づらい。


「それは超小型カメラだよ。イーディスが待ち受けてるビル内部は、何があるかなんてわからない。カメラはちゃんと音声も拾えるぞ。
それを制服かコートに装着して欲しいんだ。ビル内部の状況がわかるからね。ちなみに映像は本部モニター・御堂が運転する組織車両に備え付けてるタブレット・警察の覆面パトカーも見れるようにしてあるぞ。警視庁も見るかもな」


鼎は超小型カメラをコートの胸ポケットあたりに装着。コートは黒いため、超小型カメラはわからない。

しかし…警察も動くなんて聞いてないが…。


「鼎、警察がイーディスについて捜査してるの…知らなかったっけ」
「今初めて聞いたぞ」

「イーディスこと六道樒(しきみ)は復讐サイトの管理人だが、ターゲットが怪人と『人間』ってのがね。
六道は『復讐代行』で、人殺しをしている可能性が高いわけ。それで水面下で捜査してたらしい。
先月のイーディスのネット配信で、警視庁サイバー捜査班が一気に捜査を進展させたのよ。つまり、今回の鼎が接触するイーディスは、警察からしても好都合なわけ。解析班と西園寺警部も連携してるからね」


水面下で警察が本気出していたなんて。


「鼎、その超小型カメラは午後1時になると自動的に起動する仕組みになってる。お前…あれからイーディスに何かしらメールとか来てなかったか?」
「…来てました。『午後2時までに江東区某所・ビル4階』に来いと」


ここでビル4階にイーディスの元事務所があると判明。
このビルは現在、廃ビルであるが比較的新しいためパッと見わからない。


「解析班、取れるか?」
「なんですか、司令」

「鼎が呼び出された場所の詳細がわかった。江東区某所・ビル4階。警察に伝えといて」

「りょーかーい」



ゼルフェノア本部・隊長用執務室。御堂は副隊長の仁科と話をしていた。
仁科はデスクワーク中。


「仁科」
「ん?なーに、御堂」
仁科は顔を上げ、手を止めた。


「午後に鼎の警護につかなきゃならんから、隊員達をよろしくな」
「御堂、気にしすぎじゃないの?琴浦も警護つくんだからさ」

「そりゃそうだけど…」
御堂に迷いがある様子。

「紀柳院と会えばいいだろ。まだ行くまで時間はある。そこでちょっと話…したら?御堂も少しは楽になるはずだよ」


仁科のおかげで少しだけ気が楽になった。

「仁科、デスクワーク何も今やらなくても…」
「平常心を保ちたいんだよ。新人隊員の訓練も畝黒(うねぐろ)のせいでなかなか出来ないし。
各自、自主トレしているみたいだよ。時に八尾が目覚ましいんだ。司令補佐に認められたい一心でここに入ったから、彼女は本気だ」



江東区某所・ビル。


矩人(かねと)はイーディスの元に来た。

「なんなのよ、矩人。また来たの?一体何の用なのよ…」
「今日が楽しみなんだよね〜。紀柳院鼎を呼び出して何をするのかなぁ」

「矩人は暇なの!?さっさと帰ってよ!」
イーディスはカリカリしている様子。


矩人は意味深な表情を一瞬した後、元事務所を出た。

イーディスはまだ気づいていない。この元事務所とこのフロア…4階に爆弾を仕掛けていることを。


矩人は元事務所の中をイーディスとの少ないやり取りで観察していた。
部屋の片隅にあったポリタンク…灯油かガソリンが入っているな。それも2つ置いてある。用意周到だ。

あれで紀柳院を焼き殺すつもりなんだろうか…。
イーディスは紀柳院に一方的に恨みがあるらしいし、数年前にトラブルがあったとかなんとかで。


矩人からしたら紀柳院よりもイーディスの始末が優先。ゼルフェノアは後。
これは當麻の方針だからだ。



「當麻様、イーディスは相当紀柳院を恨んでいるようですね。一方的にですが…。
紀柳院は始末の対象にはならないんでしょう?」

矩人は當麻と通話。


「紀柳院鼎司令補佐は戦えない身体だという情報が入っている。
彼女は始末の対象外だよ。イーディスだけ始末しなさい」
「了解しました。…當麻様、イーディスの元事務所にポリタンクがありましたが」
「ポリタンク?」

「もしも…もしもですよ?イーディスは紀柳院を道連れにするつもりではないでしょうか」


仮面の司令補佐がイーディスに消される可能性もあるわけか。


「矩人、ビル周辺を監視してくれ。爆破は時限式ではないんだろ」
「時限式もありますよ?こちらで起爆することも出来ますが」
「當麻様の指示通り、威力の強いものを仕掛けましたよ。3ヶ所にね」

「矩人も本気出すと恐ろしいねぇ」
「畝黒家のためならなんなりと」


當麻は通話を切った。矩人は忠実な手下だ。ただの使用人じゃない。



いつの間にか昼近くになっていた。