2010-2-15 01:31
アンタが泣くなんて想定外だ。
アンタが嘆くなんて想定外だ。
嗚呼、どうしてこうも、気付くのが遅いのだろう…
++続・別れの唄++
森の少しだけ開けた場所。
大木が根を張り、其の周りに十分な光が当たらないからだろう。その大木を避ける様に周りの木々が伸びているからスペースが在る様に成っているのだろう。
其処で私は先程まで舞う様に闇風を相手していた。
けれど、叫ばれた言葉に反応した数瞬の後に私の身体には貫通するほどの力で闇風の忍刀が深々と突き刺さっていた。妙に大きく響いた自分に冷たい刀が突き刺さる音。その癖、誰かの悲鳴は遠く聞こえていた。
私は多分、酷く間の抜けた顔をしていただろう。言われた言葉の意味を捉えあぐねていた上に、一瞬の事で自分の状態が上手く把握できていなかったからだ。だが、ゆっくりと全身から力が抜け、膝を着き、両手から愛刀が零れ落ち、喉をせり上がって来たドス黒い血反吐を吐いて漸く、ああ、致命傷なんだな、と理解した。膝立ちの格好のまま、私は闇風を見る。そうして、言われた言葉の意味を其処まで来て漸く理解した。意味を理解して酷く堪えがたい何かが私を簡単に支配し、何かを破壊した。その瞬間、私の目からは涙が零れ、流れ落ち、地面に溜まり始めた自分の血と混じった。
嗚咽を堪え、肩を震わせ、声を押し殺す。思い出してしまった願いとその願いに掛けられた希望と約束が、重くのしかかった。それでも、と私は息を吸い込む。伝えなければ、彼は待っているんだろう。こうして、時間がかかれば、かかるほど彼が包囲されていく。彼は私を助けたのだ。最後の最期に、この殺戮の連鎖から、救ってくれたのだ。だからこそ、これ以上、彼を不利な立場に追いやりたくなかった。
「…****だ、小太郎、私は、****というんだ」
そうして、絞り出した声は無様に震え、戦士としては有るまじき程だった。それでも、彼は、小太郎は私の傍に跪いてしっかりと視線を絡ませて、頷いてくれた。
かふ、と再びせり上がった血反吐を吐き出して、さらに力の抜けた身体は意思に反して倒れようとする。嗚呼、遂に終わりかな、と微苦笑していれば、誰かが、背に腕を入れ、仰向けに私の身体を支えていた。少し硬い位の腕は黒い手甲がはめられていた。そっと、ぼやけ始めた視界をずらして腕の持ち主を見る。其処には迷彩色と鮮やかな橙が在った。既に声すら思うようにならない私は「さ、す、け」と唇を動かす。佐助は力強く何度も頷く。小太郎は私の利き手を痛い位に握っていた。左右両側に居る忍を交互に見遣る。ぼやけた視界の所為か、二人の頬に何かが流れている様な気がしても、見えない。忍は泣かない。彼等は感情を完璧に殺せる、筈だ…、本当に?
私は無意識に言っていた。既に音にならない声は無音の言葉として二人に伝わるのだろう。
「な、く…な」
二人が目に見えてびくり、と肩を震わせた。それで確信する、嗚呼、この二人は泣いているのだ、と。
私は酷く困ってしまった。彼等が泣くのは想定外だ。私が死んで泣くのはこの世界に私だけの筈だったのだ。ずっと、誰も信用していなかった。だから、名すら名乗らず、誰にも媚らず、群れず、そして何処の国にも手を貸さなかった。ただ、森の奥で動物と共に静かに暮らしていただけだった。この世界も、こんな世界に放り出した神も、この世界の人も、同じ境遇だった筈の人間も、全てを憎み、疎み、厭うたのだ。それ故、時に傲岸不遜に、唯我独尊に、ふるまった。
だというのに、彼等は私が死ぬと解って泣いているのだ。どうしてか、解らない。其れが哀しい事だと漸く解ったのだ。
そして、小太郎はそんな私を赦し、そして、彼は私を受け入れたのだ。
嗚呼、どうして、こんなにも、哀しいのだろう。
解ってしまった。気付いてしまった。私は結局、誰も憎めなかったのだ。私は結局、たった一人しか憎めなかったのだ。そうして、その一人すら、最後には助ける事を否と出来なかったのだ。
嗚呼、そうか。
私はただ、寂しかったんだろう。温もりが欲しくて嘆き、優しさが欲しくて彷徨う迷い児の様に、嘆きの唄を歌って、奏でていたのだろう。其れが、きっと耳の良い、この二人の忍には届いていたのだ。なのに、私が其れに気付いてやれなかったから、私は終わらせてもらうしか出来なくなったのだ。
嗚呼、言葉がこんなにも不完全だと言うのに、こんなにも人は依存しなければならないなんて。
嗚呼、泣かないでほしい。
私はもう寂しくないのだから。私は、赦されたのだから。もう、痛くないのだ。心はもう、痛みを感じていないのだ。
「…あり、が…と……」
絞り出した声、振り絞った言葉。
陳腐で、有り触れた、されど、とても優しい響きの言葉。
私はそっと、呼吸を深く整える。
遺された僅かな時間、この、御世話になった森に、救ってくれた二人に、届けよう、この想い。
私は静かに声を音に、音に言葉を、言葉に想いを乗せ、最期の時を刻む別れの唄を奏でた。それは言葉とはいうも、既に意味はなしていない音の羅列だ。それでも想いを届ける為に私は奏でる。森に響けと、彼等に届けと、必死に唄う。その間も血は失われ続け、脈打つ心臓が段々と弱まるのが感じられる。走馬灯は駆け廻り、目から涙は止まらない。それでも私は唄う。只管に、想いを音にし続ける。二度と唄えないのなら、今、全てを出しきろうと、私は必死に紡ぎあげる。
嗚呼、これで、終わりだよ。
嗚呼、これから、始まるよ。
だから、どうか、泣かないで。
すぅ、と最期の一音の余韻が夜の森に吸い込まれるように消えた。
小太郎はその瞬間に握っていた彼女の手から完全に力が抜けるのを感じ、最期を理解した。
同時に、佐助は支えていた身体がずん、と重さを増した事で最期を理解した。
出血を少しでも抑える為に抜かずに在った忍刀を小太郎はそっと引き抜き、その刃に付着した血を見つめ、そうして何を思ったか、それを綺麗に舐め取った。そして、彼女の首に掛かる銀細工の首飾りを取ると、自分の首に掛け直した。佐助は其れが彼女の遺言になったのだろうと判断したのか、何も言わない。佐助自身は彼女の指を飾っていた金の蛇を象った指輪と銀の髑髏を象った指輪を抜き取り、懐に収める。其れはそれぞれ彼女が最も大事にしていたものだった。そして、其れは彼女がこの世界の元よりの住人ではない証拠でも在った。
『真田の、我が、真なる主は此の者只一人、そして主は言った。もし、私が死んだなら、どうか…』
「忘れないで、だろ?」
そう言葉に被せる様に佐助が言う。
小太郎は若干不機嫌そうに口元を引き結ぶが、直ぐに無表情に戻ると、頷いた。
生前、彼女がたった、たった一度だけ、山小屋で垣間見せた弱さ。其れを最高峰の忍二人は正確に意味を理解していた。だからこそ、彼等は彼女を助けたかった。だが、時代が其れを赦さなかった。故に彼等はひっそりとその胸の深奥で決意する。
もし、もしも、輪廻の輪が廻り、廻って、再び彼女に会う事が在るならば、次こそは彼女を救う、と。
哀しい、孤独な迷い児。
迷い、迷いて、絶望の果て、修羅となる。
嘆きの唄を叫ぶ事すら赦されず。
そうして、修羅は闇に堕つ。
嗚呼、どうか、願いが叶うなら、たった一つで良いです。
帰る場所を、教えてください。
哀れな修羅。
漸く知った温もりは死の間際。
The end
++痕餓鬼++
トリップってそんなに良いものに感じないのが僕の持論です。
勿論、好きなキャラに会えるのは嬉しいですけど、でも、本当にリアリティの在る世界なら間違いなく、斬られれば死にますよね。
それに、そうそう運よく主要キャラに保護されるものでしょうか?
運がよければ、今回の主人公と一緒に放り出された友達のように姫や客将扱いの様に保護され、衣食住が保証されますけれど、主人公の様に落っこちた場所が危険個所なら、既にその時点で下手すればゲームオーバーでその場で昇天です。
ほんで、今回はそんな風に捻じ曲げられ、帰る場所も居場所も与えられなかった荒みきった現代人、勿論生きる為に人を蹴落としてます。そんな現代人の一つの結果、末路とも言うのでしょうか。
そんなものを表現してみました。
気が向いたら、サイトの方に加筆修正して中編としてうpするかもしれませんねww
では、此処まで御付き合いいただき有難うございました。
相模蓮。
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