鬼ごっこ。玖



鍵をかけた箱の中身。
記憶の奥底に封じ込めて。

そうして、忘れた…

筈だったのに。






しん、と静寂が降ってきた。
恐らく、私の溢した呟きの本当の意味を知っているのは、赤司だけなのだろう。
否、黒子も、か。

でも、誰もが私の次の言葉を待っているんだろう。
一言も発する事もなく、私を見ている。
やめてくれ、本当に。
今更、どう説明をして、どう、償えと言うんだろう。

あの頃の私はまだ、全てを諦められるほど、大人にはなれず、全てを背負って戦えるほど、強い子供でも無かったから。

「…どう、言えば良いのかわから、ない」

彼等に初めて、素直にポロリ、と本音が溢れた。
まさに、その通りで。
こんな、突拍子もない上に証明してみせることすら儘ならない事を、どうやって説明すれば良いのか、わかるはずもない。
もう一つの生まれてくるはずだった、命、の人格でもあったならまた、別だろうけれど。

思考が迷走して、私は再び黙りこくる。
言い出してしまえば、きっと封印していた全てが引きずり出されてしまう。
そんな、予感さえ過って。
いっそ、嫌ってくれればいい、とさえ思っていたのに。
何を選べば正解なのか、解ろう筈もないなら、選ぶべきは一体どれなんだろう。

視線が、まるで責め立てるように、私の発言を促して。
色とりどりの視線が痛くて。
私の表情から、遂には感情さえ抜け落ちた。
喧騒も遠くへと追いやり、酷く久しい感覚が戻ってきた。

ああ、禁断の匣の中身が絶望だと知っていて開けてしまう者の気持ちなんて、一生解りたくもない。
最後に、希望が残っているだなんて、決まっていないのだから。

きっと、あの日、あの時に受けてしまった致命傷から、逃れ続けるには、私は、幸せになる権利を全て差し出すしかないんだ。

「…けど、私は…。話すべきではないと思う。だから、話せるところだけ、かいつまんで、説明するしか、出来ない」

結論、私は結局あの日に追い付かれる手前でまた、逃げたんだ。
案の定、赤司も、黒子も納得がいかないって顔をしてる。
それでも、あの日の贖罪は私をがんじがらめにして、離さないんだ。
そんな、どうしようもないことに巻き込みたくはない。

「言えない理由くらいは、聞かせてくれるんだろう?」

ああ、御立腹だ。
私は抜け落ちていた表情にかちり、と苦笑をはめ込んで、答える。

「無理だね、どうせ、聡明な君のことだからバレるだろうし、これだけは言えるけど、其処にも核心はあるから」

話せない理由は、核心に触れてしまう。
それが一部分であれ、大部分であれ、触れられてしまえば、芋づる式に全てが引きずり出される。
だから、話せない。話さない。

「…そう」

寂しげに、でも何処か腹立たしげに返された一言に、周囲の温度が幾分か下がった気がした。
それでも、今更、甘えるだなんて…そんな虫の良い話は、酷すぎるだろう。
もう、十分に甘えてしまったのだから。

「逃がしてはくれなさそうだし、そろそろ頭も整理できたから…」

そう言って、彼等を見渡せば、皆一様に黙ったまま、目で静かに先を促した。

さあ、どうやって話そうか。
私の、罪の在処を。
私の存在意義を隠したままに。






一線を画して。
私は追憶する。

最も思い出したくない記憶と対峙する覚悟を決めて、私はそっと匣を開けるのだ。

(ああ、最後に残るのが、絶望ならいいのに)



To be continued?