鬼ごっこ。拾




懺悔のような告白を。
告発のような告白を。

始めようか。






あれは、一年半くらい前のこと。
私は、兄貴分のウィリアムと日本に来ていたんだ。
私は初めての日本で、ウィルに着いて回ってた。
あの頃、唯一の理解者で、たった一人の味方だったから。
何をするにしても、真似ばっかしてた。
その一つが、バスケだった。
でも、とある理由があって、私はスクールのチームには入れなかった。
だから、ストバスを始めたんだ。

バスケをしていた。
そう、言った瞬間、赤司と黒子を除いた奴等の目付きが変わる。
けれど、今は気にしている場合じゃない。
話はこれからなのだから。

ウィルの教え方が上手いこともあって、私はそこそこ見れるくらいにはなってたんだと思う。
まあ、自分じゃまだまだだと思ってたから周囲の評価を信じてなかったし、今でも信じてないから、分からないけどね。

そんな折りに、ウィルに声が掛かったんだ。
アメリカのストバスブランド、And1から。
And1は魅せるバスケを生業にしてる。
アメリカを、回って興行もするし、その年は日本遠征も決まってた。
ストバスの良さをもっと多くの人に知ってもらって、盛り上げていこうって風潮だったから。

だから、私達は日本に居たんだ。
ウィルの気遣いで私もAnd1のサポートメンバーとして参加できたんだ。

「…お前、本当はバスケ好きなんだな」

唐突に青峰が呟いた。
静寂の中では酷くはっきりと聞こえてしまって、私は微苦笑を返すしか出来ない。

まあ、練習風景とかは割愛するよ。
興味があるなら、映像で撮ってあるからまた今度ね。
ははは、と苦笑する。
その時ばかりは皆、年相応に少年の表情に戻っていたから。

さて、話を戻そうか。
言えば、皆再び真面目な顔に戻ってしまう。
こんな顔をさせたい訳じゃない。
元々、こんな展開は本意じゃないのだから。
でも、今は彼等の望む通りにするしかない。

前置きは終わりだよ。
此処からが、本題。
私は当日、ほんの少しだけお客さんの前でパフォーマンスすることになってた。
光栄に思ってたし、凄く興奮した。
多分、其処で会ったんだろうね。
赤司と、黒子に。
私は、あの頃女であること自体がコンプレックスで。
多分男装してたんじゃないかな。

「そう、あの時はまさか女だとは思わなかった」
「僕もです。同い年の男の子だと思ってました」

赤司と黒子も肯定する。
つまり、やはりあの時の二人が今目の前に居るってことになる。

「今は骨格自体が違うし、まぁ、小振りだけど胸もあるからね」

苦笑混じりにそう返して、続きを語る。

私が出たのは二つ。
観客参加型の、ストバストーナメント。
アリーナでの試合の合間のフリースタイル。
ストバストーナメントは、年齢云々は関係なかったからね。
勝ち上がれば、アリーナでのゲームに参加できるって代物だった。
私は実力的にそこまででもなかったからね。
要は賑やかしってこと。

「あれだけできて、そんなことを言われると少し、ショックです」

隣で黒子が、言いながら口許を尖らせる。
私にとっては偽らざる真実だから何とも言えないけれど。

ちっさいのが、勝ち進めばそれなりに場も盛り上がる。
私も、好きなことを力一杯出来るんだから、とても楽しかった。
自分よりも大きい相手を抜き去るのなんて、本当に楽しかった。
でもさまさかそれが仇になるとは思わなかった。
準決勝で私は負けたんだ。
それでも、凄く満足してた。
充実感も、達成感もあった。
ウィルに教わった全てを出せたように思えたから。
あの、瞬間、コートの全てを把握できたような感覚。
ボールが思い通りに動く感覚。
説明出来ない感覚が身体を動かしてた。

早く、ウィルに話して、ウィルと練習したかった。
私は観客への挨拶もそこそこに、裏方に戻って、仕事をしながらウィルを探してたんだ。
そこで、私は聞きたくもない声を聞いたんだ。

漸く、ウィルを見付けて、駆け寄ろうとしたんだ。
瞬間的にウィルが目で制して私は立ち止まった。
私は小さかったから、ウィルの向こう側に居た人を見ることは出来なかった。
出来なかったけど、その声には聞き覚えがあった。
ウィルはその声の主と口論してたんだ。

そう、その声は間違いなく、私の父親だった。
あの頃、私は理解のない両親が何より嫌いだった。
だから、書き置きを残して、かってに日本に来てたんだ。
だから、直ぐに分かった。
父は私を連れ戻しに来たんだ、って。

でも、私は帰りたくなんかなかったし、両親といるくらいなら、ウィルと一緒に居たかったんだ。
だから、きっと余計に、だろうね。
父が放った言葉に酷く傷付いて、そして、酷く憤ったのは。

「何を、言われたの?」

桃井が酷く落ち着かない様子で、それでも尋ねて。
私は笑みを苦くして、答える代わりに続きを語る。

父は、ウィルに私にとっての禁句を言い放ったんだ。

「人の娘をたぶらかさないで貰いたい。バスケなんかやったところで、どうせ長続きなんかしないんだろう?ましてや、黎は女の子だ、今に現実が立ちはだかるだろう」

ってね。
女だから、できやしない。女だから無理だ、なんて、一体どうして決まってるんだろうね。
あの時の私は、その現実と戦えるほど強くなんかなくて、かといって諦めてしまえるほど大人なんかじゃなかった。
だからね、言っちゃいけない一言を、怒りに任せて、言ってしまったんだ。
決して言っちゃいけない、ってあんなにウィルに言われたのに。分かってたのに。
言えば、どうなってしまうのか。

その時にね、私は酷い罪を犯して、今はただ、ただ、その贖罪を、償いをしてるって訳だね。
だから、私はもう二度と、同じ過ちを犯さないために誓ったんだよ。

もう、二度と、言わない、って。
その為になら払える犠牲は幾らでも払う。
それが、幸せになることなら、私は不幸でいいよ。
それが、誰かに踏み込ませないということなら、私は孤独で良いよ。

だから、アンタ等の優しさも、嬉しいんだろうけど、もう、私には受け取れるものじゃない。
卑屈になってるわけでもなくて、意地になっているのでもないんだよ。
一度放ってしまえば、きっと際限なく、全てが引きずり出されるだろうから。
そうなれば、また、繰り返されるだけだもの。

だから、私は忘れることにした。
バスケのことも。
ウィルとの、大切な時間も。

だから、一定の年齢になって、一人でも何とでも出来るようになったから、私は日本で暮らすことにしたの。
きっと、私が傍にいれば、ウィルと両親はより、険悪になる。
そして、両親は精神を病むだろうから。

私は居場所を作ることをやめた。
ただそれだけ、それだけなんだよ。

停止ボタンを押すように、私は嘘のように押し黙る。
からから、からから、回る音。
ああ、今になってもまだ、あの時のことを思い出すだけで、こんなに、こんなに、私は不安定になる。
閉じ籠っていれれば安定もするのにね。

けれど、彼等は酷く険しい顔をしたまま思案を続ける。
きっと、静寂はまだ、続くんだろう。
そして、きっと、この静寂を破るのは、彼だ。

その前に、私が逃げ出してしまいそうだけど、きっと捕まるんだろう。
逃がすつもりのない彼等から逃げようと思えば、私は忘れるために封印してきた物の一つを解放しなくちゃならない。
そんなの、今の精神状態に追い討ちをかけるだけ。

分かってる。
今は、覚悟して、耐えるしかないんだから。
でもね、知っている?

私だって、人間なんだよ…






独白。
毒、吐く。

白昼夢のような陽炎に
私の精神の針は、今にも振れる

触れて、仕舞う…

(ああ、警報が、鳴り響いて)



To be continued?