2013-2-11 00:57
緩やかな変化さえも見落とす事が無いように。
幾重にも張ったバリケード。
ああ、そうだ。
何時の間にか、誰も入れないのではなく。
私さえも、出られなくなっていたんだ。
不穏な空気。
否、これは明らかに重たい空気だな。
多分、私が口を開かない限りは彼等は授業にさえ出ない気がする。
あまつさえ、彼等は酷く機嫌が悪いと言うのに。この空気の重さは耐えられるものじゃない。
じゅるる、もぐ。
取り敢えず、購買で買ってあったパンとコーヒー牛乳の続きを食べる事にした。
ちなみに、購買で売っているパンでいつもの、というと。
焼きそばパンと、ハムサンドを入れてくれる。
今日のオマケは、コロッケパンと、パックのココアらしい。
なんとも、私の好みを熟知している、と思う。
とはいえ、そろそろ自炊がてら弁当でも作ろうかとも思うのだが、奈何せん生まれ変わっても私は朝に弱いのだ。
起きれなければ、朝ごはんだってままならない。
朝食に加えて、弁当も、となればより早く起きなければならないからこそ、作れないのだ。
「緊張感が無さ過ぎなのだよ…」
呆れ晴れた緑が私を見ながら嘆息する、。
まあ、我ながらこの空気が耐え難いなんて思いながらもしっかりと昼食を食べている辺り、神経は細くは無いようだ。
「知った事じゃないよ、もともと私はご飯を食べようとしてた」
そう言えば、そうだ。
もともと、私は昼食を食べに此処にやってきたのだから、その目的を果たした処でとやかく言われる謂れは無いわけだよね。
そう思えば、もう迷うことも無い。
気にせずにむしゃむしゃと口を動かしながら、空を見上げてぼけら、っとする。
「最初からそうだね、黎、君はそうやって逃げてしまうだろう?」
そう言いながら、赤司は自分の方へと私の意識を戻す。
私は問われてはいないのに、どうにも無視する事も出来ない言外の圧力に、仕方無しに視線を下へと戻した。
私の左隣に黒子、右隣に黄色、正面に赤司で後は其の間に入る形で円形に座っている訳だけど。
どうして、黄色はこんなに間を詰めて私に寄ってくるのか。
どうにも、左に黒子が居るから一定以上は距離を取ることも出来ないと言うのに。
やれやれ、どうにかしないと、果てしなくこの平行線は続くだろう。
時に捻れ、けれど、決して交わることはなく。
要するに、妥協点がない。
接点がないのだから。
それは、交わらない平行線を、重なるまで逃げられやしないことも示していて。
逃げたい私と。
逃がしたくない彼等と。
「逆に聞くけど、アンタ等はどうして私にそれほど関わろうとすんの?」
それは平行線。
逃げるものと、追うものの、交わってはならない倫理。
それでも、踏み出さざるを得なくされたのは、やっぱり彼のせいだろうか。
「漸く、興味を引けたかな?」
不敵な笑みは崩さないまま、赤司は微笑む。
興味、ああ、言われてみれば、私は彼等に興味なかった、ともとれるのか。
まぁ、うん。関わりたくなかったのが大きいのだけど。
沈黙の支配する空気ってのは大抵の人が嫌うけど、私みたいな人種には苦でなかったりする。
寧ろ、あれこれと、考え事をするには適しているから。
誰も喋らないのをいいことに、私は再び視線を外して無表情のまま思考の波に意識を沈める。
興味があるとか、ないとか、じゃあ、多分ない。
根本的に、この世界で深く人と関わりたくないだけだろう。
それは、恐怖、不安、それに怯えているだけなのかもしれない。
どちらにせよ、既に避けたかった面倒な事態には陥ってしまっている以上、このカラフルな野郎を無視しようが、しまいが、結果は変わらないのだろうが。
それでも、エスカレートされても困るのは事実だ。
海外にいるこの世界の両親の事は勿論愛している。その二人に心配させるなんて最も避けたい事だからだ。
とはいえ、このままこの現場を見られでもしたら厄介な事も事実だった。
だけど、それをこいつ等に言うのもまた、お門違いだ。
形や、方法はどうあれ、彼等は心配してくれたのだろうし、それを無下にしてまで今の御局様達の事を押し付ける気にはならなかった。
そう、なら、もうやるべきことは、決まっているんだ。
痛みには死ぬほど、慣れてしまっているし。
独りは然程、辛くは無い。切なくて、空しい事は確かだけれど。
だが、彼等が思うほど、私は弱くないだけだ。
「…さて、そろそろ私は授業に戻るよ。サボり過ぎるのも問題だから」
ゴミと化した昼食の名残を手早く入れてきたビニール袋に纏めると、私は立ち上がる。
そんな私の物言いに、彼等はやはり各々不愉快そうな顔をする。
「ねぇ、黒崎。黒崎は敢えて僕等を怒らせるような物言いを選ぶよね?わざとだろ」
断定が私の足を止めた。
もう、後数歩でこの場から去れたと言うのに。
というか、私も何を立ち止ってるんだか。これじゃ肯定したようなものだ。
まぁ、実際に意識的に突き放そうとはしていたから図星を吐かれたと言えば間違いは無い。
「さて、どうかな」
それでも、必死に虚勢をはって、馬鹿だなぁって苦笑を零す。
それでも、私はあんた等に甘える気は無いんだよ。
どれだけ、何を、どう、されようが。その仕返しをするのは私でなくちゃいけないし、何より、もう、あんな思いは御免だよ。
「それは肯定と同義だよ、黒崎」
まぁ、鋭い彼の事だ。大体の自体は把握してるだろうし、私の性格も大体把握してんだろう。
それでも、だからこその意地ってものもあるんだってことは理解の範疇外かもね。
「御好きに」
短く返して、私は今度こそカラフルな連中がいる屋上から逃げ出した。
ふあ、と欠伸を一つ。
案の定私は放課後に居残りでプリントを解く様に言い渡された訳だ。
まぁ、あくまで中学レベルですんで。私、前世社会人ですんで。
10分もあれば終わりますよ、先生。
与えられた設定時間は30分。もうかれこれ三回以上は見直ししている。
それでも残り20分残る訳だ。
今日は早く帰りたい理由が在ったのだが、自業自得と言う奴か。
まぁ、いい。なら、先生が帰って来るまで、私は睡眠にいそしむとしよう。
意外と独り暮らしってのは体力が必要なものなのだ。
だから、知るわけないんだよ。
まさか、寝てる間に、こんな事態に陥っているなんてさ…。
肩を揺すられて私の意識は浮上していく。
ぼんやりとしながら、頭を上げて、肩を揺すった手から腕を伝って、顔を見遣る。
一瞬にして眠気は何処かへと消えうせた。
其処に居たのは、酷く怖い笑みを浮かべた、女子の集団だった。
「…ちょっといいかしら?」
有無を言わさぬ雰囲気と言うのが在るのなら、まさにこれを言うのだろう。
しかし、本当に数だけは揃えてきたなぁ、なんてこんな時にすら暢気な思考は、冷静さの表れなのか、どうなのか。
復讐劇を、始めよう。
(大変ッス!!黒崎っちが女子に連れてかれてるッス!!)
(赤司、嫌な予感がするのだよ)
(僕も、同感です)
(あー、不味いかんじー?)
(っち、んであいつは頼るってことを覚えねんだ)
(…仕方ないね、事実上、もう部活も終わりだ…スタメンだけ別メニューという形にしようか)
(ランニングに行きたいんだろう?)