106番地の大熊さんちと105番地の双葉さんちには、原発さんが敷地の一部を借りて会社を開いていました。
原発さんの会社はペンキ屋さん。
色々なペンキを自分で調合して、とってもキレイなペンキを作って他の区画のリフォームなどを請け負っていました。
「ペンキの匂いがやだわ」
「ペンキがこぼれたらどうしましょう」
と心配する人もいましたが、原発さんの上司はとっても気の利く人でたくさんのお家賃を払っていたし大熊さんちや双葉さんちにお土産をあげたり、掃除をしてくれたりしたので文句を言う人はあまりいませんでした。
時々、福島君にもお土産をくれることがあったのですが、他の人はそんなことを知らず気にも留めず、会社があることもしらないで暮らしていました。
3月12日。
皆が大地震の後片づけに大忙しだった頃、ニュータウンの地主さんから福島君に連絡が入りました。
「原発さんのところのペンキ製造機が地震で壊れた。爆発してペンキが撒き散らかされるかもしれないから直ぐに近くの家の子達を避難させろ!」
慌てて福島君は大熊さんちと双葉さんち、そして107番地の浪江さんちや103番地の楢葉さんちや広野さんち富岡さんちなどにも直ぐに部屋を離れるように言いました。
ペンキやくさい臭いが来るかもしれないからと言われた皆は本当に大慌てで着の身着のままで逃げだしました。
その直後です。
どっかーん!
大きな音がしたのでした。
「ひょっとして、ペンキ製造機が壊れちゃった?」
「爆発して家の屋根が飛んじゃった??逃げなくていいの?」
皆心配しましたが日本ニュータウンの地主さんは
「大丈夫だから、心配しなくてもいいよ。ちょっとペンキがこぼれても大丈夫です。でも、念の為マスクをしておいてね」
と言うので多くの人は逃げないで、自分の家に住み続けることにしました。
自分の家に帰れなくなった人たちを、自分たちの家に泊めたり、地震の掃除をしたりして忙しかったからです。
それから暫くして地主さんからまた連絡が来ました。
「やっぱりペンキが飛んだみたいだ。皆、外に出るな!」
「ニュータウンの貯水槽にもペンキが入ったらしい。水も飲んじゃいけないぞ!」
やっぱりペンキ製造機が壊れて、ペンキも、ペンキの元も、それに混ぜるシンナーも全部が空に舞い上がってしまったらしいということでした。
人々を避難させる為に働いていた福島君は一番に赤いペンキを被ってしまいました。
そして区画の人達もペンキを被ってしまったのです。
七号区画の周りはペンキでいっぱい。
見えるものも見えないモノもたくさんあって
「近付いただけでも服が汚れる。手や足にくっつく!」
「ペンキがくっつくと皮膚呼吸できなくなって死ぬぞ」
「シンナーで病気になるぞ」
そんな噂に、七号区画の周りには誰も来なくなりました。
食べ物もなく、逃げ出そうにも車を出す為のガソリンもありません。
「大丈夫か!」
声をかけてくれる人はいます。
ニュータウン中が心配してくれていました。けれど
(ペンキが身体に着くかもしれない)
(シンナーが身体の中に入ってくるかもしれない)
危険を冒して七号区画に来てくれる人は少なかったのです。
七号区画からたくさん、たくさんの人が逃げ出しました。
必死になって逃げだしました。
けれども逃げ出せない人もたくさんいてみんな‥‥怖い、地獄のような一週間を過ごしたのでした。
地震から約一カ月が過ぎました。
七号区画の残った人々は、普通の生活を取り戻していました。
体にペンキを付けたまま。
赤いペンキを付けたまま。
一度着いたペンキは乾いてしまって簡単には取れません。 取ろうと一生懸命努力しても、部屋中大掃除をして壁紙を張り替えても、ペンキは染み出てくるのですのです。
七号区画の人達は他のニュータウンの人達に『特別』と見られるようになりました。
匂いがすると、避難した七号区画の人に、石を投げる人がいます。
ペンキが白い服にくっつく、と押し飛ばす人もいます。
喜多方さんのラーメンを食べに来る人もいません。
伊達さんの美味しい果物ケーキも、売れ残っています。
庭の花もいらないと押し返されました。
家庭菜園の野菜もペンキつきだと潰されてしまいました。
一方で、七号区画の人達を助けようと日本ニュータウンの他の区画の人達が動き出してくれてもいます。
掃除に使って、とたくさんのお金をくれました。
掃除を手伝いにも来てくれました。
部屋にこもっていてばかりは身体によくないと、遊びに誘ってくれたり、美味しいものをご馳走してくれる人もいます。
自分の身体にペンキが付くかもしれなくても、一生懸命に福島君の顔を拭いてくれています。
ペンキ製造機もまだ壊れたままでペンキの元やシンナーを吐き出しています。
ペンキ製造機を停める為、直す為、ニュータウン中からたくさんの人が手伝いに来ています。
ペンキがたくさん着くと身体の調子が悪くなります。
シンナーの匂いで頭が痛くなるし、たくさん濃いペンキを浴びると呼吸できなくって死ぬ事もあります。
それでも、みんなにペンキがいかないように必死に今も働いてくれています。
ならば、七号区画の住人達は壊れたペンキ製造機の事をなるべく気にしないようにしようと決めたのでした。
ペンキが身体に着いていても直ぐに病気になるわけじゃない。
それより、今はやらなくてはならないことがたくさんある。
すでについてしまったペンキを早く取れるだけとらなくては。
壊れた七号区画を元に戻さなくては‥‥。
と働き始めたのです。
さて、貴方は身体にペンキを付けた福島くんと七号区画の人達にどう接しますか?
決めるのは、選ぶのは貴方です。