某月某日・ある平和な朝の風景―――
暁晴斗はいつも通り、高校へ自転車を使い向かっていた。慌てて。
彼は今、学業に専念しているが対怪人組織「特務機関ゼルフェノア」の隊員でもある。そんな彼は高3。
「やべーっ!遅刻しそうっ!!」
晴斗は坂道を自転車で立ち漕ぎし、ぐんぐん上がっていく。彼の通う某都立高校は坂の上にあった。
晴斗の身体能力は高く、運動部の助っ人として呼ばれることが多い。彼は坂道を自転車でぐんぐん登る。
もう少しで着く!
晴斗は一瞬笑ったように見えた。この高校前の長い坂道にどれだけ鍛えられたかなんて、わからない。
坂を登り切り、意外と余裕で間に合ったため遅刻はしなかった。ひと安心した晴斗は遠くから誰かの視線を感じた。校舎の近くに誰かいる。
晴斗は駐輪場に自転車を停めると、当然校舎に入るわけだがその視線の先にある人物が妙に気になった。
さっきからずっと俺の方、見てる…。てか、誰?
校舎の近くにいた謎の人は動いた。この学校の生徒じゃない。
よく見ると女性だ。眼鏡をかけた人だが、何か長い物を持ってるように見える。
その眼鏡の女性はずかずかと晴斗に近づくなり、こう言い放った。
「お前が『暁晴斗』か。…なーんだ。ガキじゃん」
謎の眼鏡の女性はそう言い捨てると高校を後にした。
晴斗は何がなんだかわからない。頭の上に「?」がたくさんついている。
よくわからないけど理不尽すぎない?
「――なことがあったんだよ。おかしくない?」
休み時間。晴斗はクラスメイトに今朝遭遇した謎の眼鏡女の話をした。
「その人、ゼルフェノア関係者とか?晴斗はゼルフェノアに入ってんじゃん。
『仮面の司令補佐』だって、うちの高校に来たことあったじゃん。…あ、あの時は隊員だったよね」
「暁はいいよな〜。就職先決まっててよ〜」
去年のあれ以降、ゼルフェノア隊員になった晴斗だが、周りからはこんな感じに思われているだけにちょっと複雑。
怪人倒すの毎回命懸けなんですけど…。そりゃあ今は落ち着いてはいるが。
ゼルフェノア本部。司令補佐の紀柳院鼎は復帰し、司令室にいた。
「今日からお前に用心棒つけることにしたから。鼎に馴染みある奴にしたから安心せいよ〜」
相変わらず軽い言い方の宇崎。彼は司令兼研究者だ。
「用心棒?」
鼎は顔を上げた。彼女は顔の大火傷の跡を隠すために白いベネチアンマスクを着けている。
仮面で顔が隠れているがゆえに表情はないのだが、鼎は仮面生活が長く時折…表情があるように見える時がある。
「鼎の用心棒探すの、難航したんだよ。あの件もあるからお前に馴染みある奴を探してきたわけ。鼎は絶対知ってる」
「…知ってる…?」
「お前が思い出せないだけでな。そろそろそいつが来るから見ればわかるだろうよ」
用心棒が私に馴染みのある人間…?
和希や彩音・晴斗じゃなさそうだが。
小一時間後。ゼルフェノア本部ゲート前に件の人物が現れた。何やら長い物を持ってるが…?
「すいませ〜ん。紀柳院司令補佐の用心棒の者ですが〜。ゲート開けてくれますか〜?」
ゲートは自動的に解錠され、ガシャンと開いた。
これが特務機関ゼルフェノア本部…。でかっ。
その人物は館内へと入る。事前にセキュリティの話は聞いてたので、隊員証のようなカードキーは既に貰っている。
彼女は3段階の認証をクリアし、いよいよ本館へ。
「本館でけーな〜。えーと、司令室はこっちなのか。ゼノクはここよかデカイってどうなってんだよ、ゼルフェノア…」
さらに小一時間後。司令室の扉をノックする音が。宇崎は扉を開けた。
「よく来たねぇ〜。さぁさぁ司令室の中に入って。鼎に挨拶しないと」
「お、おぅ…」
鼎は椅子から立ち上がり、用心棒だという彼女を見た。眼鏡で少し気の強そうな女性。持ってる者は薙刀だ。
「お前……梓(あずさ)じゃないか!?音信不通だったのに!?」
「その声…悠真!?悠真だろ!?『紀柳院鼎』が悠真ってどういうことなんだよ?…あの時死んだはずじゃあ…。それにその仮面…なんなんだよ…」
梓は悠真の幼なじみだった女性。悠真は死んだものだと思っていた。
なんで名前を変えて生きてるの!?それにあの白い仮面…なんで仮面姿なのかものすごく気になる…。
「2人には互いに整理する時間が必要だね。
梓、いいか?すぐには受け入れられないかもしれないが、今日から『悠真』と呼ぶのだけはやめて欲しいんだ。彼女は確かに『都筑悠真』だが…今は名前を『紀柳院鼎』として変えて生きている。
仮面の理由はあの公表で知ったはずだ」
梓、混乱する。
「か…鼎。後でじっくり聞くからな。なんでそうなったのか…。
生きていたのは嬉しいんだけど、複雑だよ…」
「……梓、悪い。私もどうしたらいいのかわからなかったんだ…」
それで長いこと音信不通だったのか。本当は鼎は自分の生存を知らせたかったのだが、匿ってくれた組織からは固くNGされていたのである。
梓は鼎の動きや仕草をなんとなく見ていた。仮面で顔が隠れていても、あれは悠真だとわかる。時々悠真はうつむいていたから。
「鼎…あたしちょっと受け入れるまでかかるかもしれないけど、あんたを守るからね…。だから時間をちょうだい…まだ混乱してるから…。
目の前にいる仮面の女が悠真だなんて…まだ信じられないよ…」
沈黙する司令室。鼎は思い切った行動に出る。
「まだ信じられないよな…。ならば見せるよ。私が『悠真』だということを」
鼎は梓に対して距離を一気に詰めた。そしておもむろに仮面を手際よく外していく。
…え?ちょっと何やってんの…?仮面…外してる…。
素顔になった鼎は梓と向き合う。
「長時間素顔になれないが、これが『仮面の司令補佐』の真実だよ」
「悠真…やっぱり悠真だ…!だから仮面着けてたの?顔の大火傷、ひどい……。確かに仮面ないと人前になんて出られないよね…」
梓は素顔の鼎が悠真だとわかり、ショックを受けたがなんとか受け入れようとする。
鼎は淡々と仮面を着けていた。かなり手慣れてる。
「ゆ…いや、鼎…話は聞いた。あんたを拉致した奴がいたって話。
私はあくまでも用心棒だから、今日からゼルフェノア本部寮の空き部屋に住むことになるのね。…よ、よろしく…」
「よろしく」
2人はまだぎこちないが互いに握手を交わした。鼎の手は薄手の黒い手袋だ。
あの火傷と関係してんのかな…。鼎だけ極端に肌の露出が少ないなと感じた。
首筋の火傷の跡も気になる…。
宇崎はこんなことを言った。
「梓、今日からお前もうちの組織の一員だ。制服一式支給するから待ってろよ〜」
「制服はカスタム可能なんだっけ?」
「戦いやすければカスタムは自由だよ。長官も制服カスタムしているからねぇ〜。梓はとにかく鼎を守るのが役目だからな、用心棒の使命はそれ。でも常に付きっきりでいる必要性はないぞ」
「なんでよ?」
「鼎には親しい仲間がいるからさ。御堂和希と駒澤彩音は鼎の彼氏兼隊長と彼女の親友だ。あ、そうそう。暁晴斗もいるね。
晴斗は歳の離れた幼なじみみたいな奴だから、鼎が弟のように可愛がっていたとかで」
暁晴斗…悠真が言ってたガキってそいつ!?
「晴斗は今高3で学業に専念してるから、たまにしか来ないが…呼ばれればすぐに来るぞ」
「便利屋みたいな奴〜」
「和希と彩音、それに私の馴染みの仲間には優しくしてくれないか。この組織がなかったら仲間なんていなかったから」
悠真は事件後に言い方がガラッと変わってしまったんだろう。
事件前は明るい子だったのに、まるで別人だ。あんなにも冷淡な話し方になってしまってる。
…でも不思議と怖くはない。仮面姿なのに。悠真は元々優しい子だった。
「わだかまりがとけるまでまだしばらくかかりそうだが、ゆっくり時間をかければいいよ。梓、お前は鼎といる時間が長くなるんだから。あくまでも任務中ね。プライベートは別にしてあげてね」
まるで小さい子供相手に言う言い方…。この司令も癖強そう。
鼎と梓は休憩所へ行くことにした。休憩所は2人だけ。2人は缶コーヒーにしたが、なんとなく鼎はカフェオレにしたいそんな気分だった。
「ゆ…鼎、カフェオレ好きなの変わってないな」
鼎は器用に仮面をずらしながら缶コーヒーを飲んでいる。
「梓とは久しぶりだったから…だから素直に好きなものをね」
普段は微糖やブラックをよく飲むのだが、久しぶりに幼なじみと再会したんだ。
好きなものを素直に飲みたい時だってある。
「鼎はさ…今、楽しい?」
「楽しい…か…。孤独じゃないだけいいのかな」
孤独…。あの事件後、何があったかわからないけど…ずっと孤独だったんだね。
「会えただけで嬉しいよ。用心棒になってくれるなんて」
「あんたとはなんだかんだ色々あったからね。まだ受け入れるまでかかるかもしれないけどさ、用心棒としてお守りしますよ」
「頼もしいな」
2人はどこかぎこちないものの、会話はどことなく進んでる…のか?