解析班の持ち場では―
「チーフ!解析班のメインPCがハッキングされてます!何かのネット配信でしょうか…待機画面になっているんですよー」
矢神が朝倉に大袈裟に言ってる。朝倉はだるそうに画面を見た。
この待機画面…どこかで見たことあるような。なんだっけ。
司令室。朝倉からの通信で解析班のメインPCまでもハッキングされていたと知る、宇崎。
「朝倉、ハッキングにはハッキングだ。この配信元を特定してくれ!場所がわかればいいんだが…。配信開始まで約25分か…」
「神(じん)さんがやっているわよ。解析班を舐めないでよね」
晴斗は急いで自転車を出そうとしたが、恭平に止められた。
「君、どこ行くの?」
「本部だよ。なんか嫌な予感がするから…。胸騒ぎがするんだよ。お兄さん、名前なんていうの?」
「菅谷…菅谷恭平」
「菅谷さん、鼎さんに謝ってよ!鼎さんは許さないかもしれないけど、何もしないよりはマシだから!」
晴斗はそう言うと、自転車を飛ばし本部へと向かった。
残された恭平は呆然としている。高校生に言われるなんて。それにしてもあの少年、何者なんだろうか…。隊員だって言ってたな。
「何もしないよりはマシ」…か。
そんななんとも言えない空気の司令室に北川が到着。彩音も宇崎に呼ばれて司令室に来た。
「彩音、鼎の側にいてやりな。この配信は本部の危機かもしれないからね」
「だから私を司令室に呼んだんですか」
「北川、お前なんで本部にいるの?」
「長官からの命で本部へ行けと言われたんですよ。おそらくこのネット配信が引き金となって本部が危機になるかもしれないからと、長官が俺をこっちに寄越したわけ」
「北川はストッパー的な役目か」
宇崎は司令室を見渡した。鼎に強く関わりのある人間だけが見事に揃っている。…晴斗以外は。
宇崎はサブモニターを見た。晴斗が本部に向かってる!?めちゃくちゃ自転車飛ばしてるんだが!?
解析班では。
「神さん、まだかかりそう?特定出来る?」
「これは厄介だなー。足がつかないようにしてやがる…。徹底的にだ」
「配信開始まで残り15分だよ。…ヤバいって」
「俺達解析班は解析班の任務をやることが使命だろうが!特定を急ぐ。なにがなんでもね」
あんなにも燃えてる神さん、初めて見た。元ハッカーのプライドが許さないのだろうか…。
配信開始まで残り5分。晴斗は急ぐ。胸騒ぎが止まらない。ざわざわする。
本部までこんなに遠かったけ?異様に遠く感じる…。通り慣れた道なのに。
配信までカウントダウンが迫っている。司令室では全員がメインモニターを見つめていた。
そして、カウントダウンは0を示した。ネット配信スタート。
画面に出てきたのはかわいらしい2次元のイラストの女性だった。鼎はビクッとする。
「イーディス…」
配信が始まるや、コメント欄には次々とコメントが書き込まれていく。リアルタイムで。
《ようこそ天国地獄チャンネルへ。初めましての人もいるよね。私は復讐代行をやっております、イーディスでーす♪
今回はね〜、ゼルフェノアのある人について暗部を暴こうと思うの。その人の正体、知りたくない?私、知っちゃったんだ。あはは》
「なんなんだよこれ…」
御堂はイーディスのやり方に半ばイラッとしている。
こいつが鼎と因縁があるとかいう、復讐代行の「イーディス」か…。
《みんなも気になっているんじゃないかな〜。『仮面の司令補佐』こと、紀柳院鼎について
あの仮面の下、知りたいでしょ?正体気になってる人いるよね?暴いちゃいまーす♪》
コメント欄はイーディスファンらしき信者のものと、ゼルフェノアを支持するコメントで割れている状態。
配信は進んでいく。
《あのね。紀柳院鼎について暴くことは2つあるんだ〜。1つは『紀柳院鼎』という名前について。
名前を変えていたのよ。本名は『都筑悠真』。13年前に怪人による連続放火事件あったの覚えてる〜?その中で都筑家が犠牲になったんだけど、娘は生存していたんだな〜。
当時のゼルフェノアは都筑悠真を怪人から匿うために、彼女は名前を変えたとかなんとかで。
…ちなみに紀柳院鼎が公表した仮面の理由は本当よ♪
全身火傷と顔の大火傷は事実なの
だから仮面姿なわけ。顔の火傷の跡がひどいから人前では素顔になんてなれないの。可哀想だよね…》
「イーディスのやつ…言いたい放題言いやがって…!」
御堂はイライラしている。
確かにこれは事実だが、鼎の本名が暴かれたのはかなりマズイ状況。
《もう1つ、彼女について暴くわね。
実は彼女、私と同じ復讐代行をしていた時期があったんだ〜。当時の鼎を知ってるよ。今よりもかなり尖っていたわ。
復讐に取り憑かれていたんだもの♪
ねぇ…みんな。この女についてどう思う?司令補佐をやる資格…ないでしょ?
ゼルフェノアにはまだ暗部があるんだけど、気が向いたらまた配信するね
最後にアンケートを取ろうと思いまーす♪紀柳院司令補佐は補佐の資格があるかないか。
yesかnoで答えてね。制限時間は1時間。これで審判が下るわよ…鼎さん。いや、悠真さんか。ふふふ…。では、1時間後に会いましょう〜》
配信は待機画面になった。
コメント欄がものすごいことになっている。イーディス支持派が圧倒的に増えたのだ。
逆にゼルフェノアに対しては「情報開示しろ」とか鼎に対する誹謗中傷が書かれる状態にまで発展。「素顔を見せろ!」というコメントは鼎からしたらかなり精神的に来ているらしい。
「おい、鼎…大丈夫か?お前…座った方がいいよ…」
御堂は鼎を椅子に座らせる。明らかに彼女は気力を失っていた。
イーディスによる暴露で一気にメンタルを削られていた。
「和希…本名が世間にバラされた…。マズイことになった…。ゼルフェノアは悪くない。私を庇っていたのだから…」
鼎の声が震えている。当時、鼎を匿った北川はイーディスに怒りを覚えた。
「紀柳院は悪くない。これは俺が判断したことだ。
駒澤。紀柳院の様子を見てやって欲しい」
「診てますよ。鼎…本名よりも、復讐代行していたことがすっぱ抜かれたのはかなりヤバいよ…。でも事実なんだよね…」
「………事実だ…」
「鼎…お前…組織辞めるとは言うなよな。今辞めたら人との繋がりがなくなるぞ?
お前の居場所はここなんだろ?ここしかないんだろ!?」
御堂はなんとか話しかける。鼎はうなずいた。精神的に相当やられている。
待機画面ではアンケートグラフが表示されていた。拮抗状態が続いている。
畝黒(うねぐろ)コーポレーションのある一室。イーディスは楽しそうだ。
「グレア、コメント欄がものすごいことになってるわ〜。私を支持するコメントが増えてる♪しかも投げ銭まで。
あの女を失墜させるには公開処刑がお似合いだったようね。どこまで落ちぶれるかしら」
「そこまでしてまでやりますか…。やりすぎなのでは?」
「これは私の復讐でもあるのよ。ゼルフェノアと鼎に対してのね」
晴斗はようやく本部へ到着した。
「鼎さんっ!!」
晴斗は気力を失った鼎の姿を見る。あの配信を見たんだ…鼎さんは…。
「晴斗…お前なんで大事な時に限って遅いんだよ…。お前も鼎の理解者だ。よりによって敵の矛先が鼎に向けられてしまったんだよ…。公開処刑という、最悪な形でな」
「和希…少し黙っていてくれないか…。これは私の問題だ。私とイーディスの問題でもある。
ほとぼりが冷めたら記者会見でもするしかないだろうね」
「お前…多数の人間前にするとパニック起こすんじゃなかったか!?発表の場とかでしょっちゅうパニック症になってただろうが…。あの公表の時もヤバかっただろうに」
「鼎は昔から苦手だっただろ。無理はすんな」
「梓…なんでそこまでしてまで」
「別に庇っているわけじゃねーよ。あんたの因縁の相手とはきっちり決着つけなさいな。ほとぼりが冷めてからにしろよ」
「敵勢力は鼎をターゲットしたことを利用して、別の計画を進めているはずだ。イーディスもそれに絡んでいるに違いない」
「室長…私は一体どうしたらいいんだ…。わからない…」
「事実なら認めるしかないんじゃないか?今すぐはやめておけ。敵の思うつぼだぞ。
…お前のメンタルが非常に心配だ…。北川はお前のことを思って事件後、ゼルフェノアに匿ったんだ。名前を変えたのも北川の助言があったからだろう?全ては鼎、お前を守るために組織がしたことなんだよ。鼎は悪くない」
「しかし…復讐代行は……」
「お前がこの組織に入った真意、知ってたよ。和希が教えてくれた。
あの当時の鼎は荒れていたもんな。身体に火傷のダメージあるのに、必死に戦おうとしていてさ。こっちは大変だったんだぞ…。
復讐代行はキッパリ辞めているでしょ。それを市民に伝えなさい。今はそんな気持ちなんて微塵もありませんよとね。復讐と決別しましたよと」
「鼎、俺が守ってやるから…。周りが敵だらけになっても守り抜いてやる…!」
御堂は鼎を抱きしめていた。鼎の手が震える。
「和希…」
「お前はひとりじゃねぇんだぞ。周りを見てみろ。お前の理解者がこれだけいるんだ」
「鼎、あたしらに任せな。イーディスなんかよりも、あんたについてはあたしらの方がわかっているからね。うわべだけの付き合いのやつに言われたくないっつーの。あれはビジネス上の付き合いだったんだろ?」
「ビジネス上というよりは、同業者というだけだった」
「同業者ぁ?今は関係ないんだろ。だったらイーディス相手には強く出ろ。
市民相手の場合は言動ひとつで燃料投下しかねないから慎重にな」
梓のアドバイスは的確だ。
昔から梓からは色々とアドバイスされてたな…。
コメント欄は真っ二つになっている。初めはイーディス支持派が多かったのに何があった。
それはある書き込みが転機だった。それは恭平が書いたもの。
『紀柳院司令補佐は不器用な人なんです。コミュニケーションも難しくて、彼女に人前で素顔を見せろとは酷すぎます。これらのことも事実かもしれないですが、僕は彼女を支持します。だから辞めないで欲しい』
その後のコメントではお前に何がわかるんだ!と叩かれていたのだが→恭平は素直に書いた。
『僕は司令補佐本人と2回ほど、会話をしました。復讐の欠片もない人でした。見た目だけで判断するのは良くないですよ!?
彼女は仮面の下で悩み、苦しんでいるかもしれないのに』
まるでポエムのような書き込みになってしまったが、恭平からしたら鼎について広めたかった。
『僕は補佐を傷つけてしまいました。何気ない会話の中で。謝りたいのですが、許してくれないと思います。こんな市民もいるんですよ』
鼎は恭平の一連の書き込みを見て、心当たりがあったらしい。
「この書き込み…あの青年のかな…」
晴斗も確認している。
「解析班に聞いてみたら?特定出来るはずだよ」
解析班…。