当たり前の感覚、とは

最近姪が生まれたらしいけど何の感情も湧かない()

やはり人としての感覚が欠落してるのかなぁと思う事がある。正直子供を、特に赤ん坊を見て無条件に可愛いと言える感覚がよくわからない。むしろ苦手なんだ。犬とか猫とかの動物は可愛いと思うけど。

子供の頃から兄弟に可愛がられた記憶がないから余計に他人感が強い。なんなら邪険にされた感覚の方が残ってる。何も話さないし傍にいるだけで気まずいのでその身内に対しても当然何の興味も湧かないのだ。興味がないものと仲良くしろとあんまり言われたら逆に嫌になる。

好きでもない音楽を延々聞かせ続けられたり、苦手な食べ物を美味いし栄養あるから食え食えと勧められたら余計嫌にならないかい?前者は経験あり。あ、後者もあるな。納豆。

趣味と人間を一緒にするなと言われそうだけど、対象が人間でも物でも私には同じ感覚に近い。私が興味のある話をしても皆恐らく興味がないだろう。それはそれでいいと思うのだ。人間、好みが違うのは当たり前。ジャンル(?)によって優劣つけるというのが変な話だと私は思うのだ。

でも音楽の話に戻って考えると、昔は苦手だったそのジャンルの音楽も今は聴けるようになってるし、好きだなって思うものもある。一番は自分自身の心持ちなのだろうなぁと思う。ある時ふと受け入れたりすることもあるだろう。

人間の好みなんて、常に一定ではないしね。何かあればガラッと180°変わってもおかしくない。















〜どうでもいいこと〜

勧めた本人は大体覚えていないのが余計腹が立つ。